「フライング・スコッツマン」の版間の差分

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[[1928年]]5月1日、クラスA3の牽引するフライング・スコッツマンはロンドン・エディンバラ間のノンストップ便となった。カクテルバー、映写室、女性・男性専用化粧室などが設置され、当時としては最先端のサービスが提供されていた。ノンストップ運転の技術的な問題として機関車への給水と乗務員の交代の二点がある。
給水に関してはイギリスやアメリカではレールの間に水路を設置し、機関車から走行中に「吸水」するという方法により解決した(給水問題の解決につては、イギリスの他にアメリカでも同様の方法が使われた。日本では「[[つばめ (列車)#1930~1943年 東海道本線特急「燕」(超特急)|燕]]」のノンストップ運転の際に問題となり、水路からの吸水も検討されたが、[[国鉄ミキ20形貨車|水槽車]]の増結にとどまった)。また、乗務員の交代に関しては、コリドー・テンダーと呼ばれる、客車から運転室までの通路付きの炭水車を導入することで解決した。
 
フライング・スコッツマンは[[第二次世界大戦]]中,ドイツの[[爆撃機]]や[[V1飛行爆弾|V-1]]・[[V2ロケット|V-2]]が飛来する最中でも、キングズクロスを午前10時に出発し続けた。
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