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フザリウムのいくつかの種はマイコトキシンを産生する。おもなものには、[[トリコテセン]]系マイコトキシン(デオキシニバレノール、ニバレノール、T-2トキシン)、 ゼアラレノン、フモニシン、ブテノライドなどがある。
フザリウムのいくつかの種はマイコトキシンを産生する。おもなものには、[[トリコテセン]]系マイコトキシン(デオキシニバレノール、ニバレノール、T-2トキシン)、 ゼアラレノン、フモニシン、ブテノライドなどがある。


トリコテセン系マイコトキシンは、汚染された穀物を摂取することにより、食中毒性無白血球症(ATA)と言われる中毒症状(悪心、嘔吐、腹痛、下痢、造血機能障害、免疫不全など)を起こす。旧[[ソビエト連邦|ソ連]]により[[生物兵器]]として研究され、実戦に用いられた。ゼアラレノンは女性ホルモン様作用を持ち([[環境ホルモン]])、家畜に不妊、流産、外陰部肥大を引き起こす。
トリコテセン系マイコトキシンは、汚染された穀物を摂取することにより、食中毒性無白血球症(ATA)と言われる中毒症状(悪心、嘔吐、腹痛、下痢、造血機能障害、免疫不全など)を起こす。ゼアラレノンは女性ホルモン様作用を持ち([[環境ホルモン]])、家畜に不妊、流産、外陰部肥大を引き起こす。


=== その他の被害 ===
=== その他の被害 ===

2008年2月25日 (月) 14:10時点における版

フザリウム
分類
界: 菌界 Fungi
門: 子嚢菌門 Ascomycota
綱: Sordariomycetes
目: Hypocreales
属(form-genus): Fusarium

フザリウムは、バナナ型の分生子を形成するカビである。多くの種が植物の病原体として知られる。

概説

フザリウム(Fusarium)は、分生子を形成するカビ、いわゆる不完全菌のひとつである。多くの種類があり、世界で100種以上が知られる。現在、分子遺伝学に基づいた種の再検討が行われており、最終的には500種以上になると考えられている。森林土壌などではごく普通に見られるものであるが、植物に病気を引き起こすものが多く含まれるほか、毒素を作るものもあり、人間にとっても重要なカビである。

分生子が三日月型をしている種が多く、分離培地上で目につきやすい。同時に2種類(種によっては3種類)の分生子を形成する。

形態

菌糸はよく発達した一定の太さのもので、規則的に隔壁が入る。寒天培地上では、寒天に潜るか、表面を這って成長し、次第に気中にも伸び出す。はじめはほとんど透明か真っ白のコロニーを作るが、古くなると様々な桃色、紫、薄黄色、赤などに染まるものもある。

分生子形成型はフィアロ型である。分生子には一般に、大小二つの型があり、大型分生子(Macroconidium。大分生子、大型分生胞子ともよばれる。以下同様。)と小型分生子(Microconidium)と呼ばれている。

大型分生子は細長く、両端が曲がった三日月型で、数個の隔壁があって多細胞である。小型分生子も同じように形成され、球形~細長く単細胞であり、大型分生子よりも小さい。また、F. avenaceumなど種によっては中型分生子という中間型の分生子を作る。

野外の植物上では植物組織中に菌糸体を発達させ、分生子は表面に作られる。その際、分生子柄が束になり、まとまって分生子座(Sporodochium)を作ることが知られる。寒天培地上では、そのような構造を作らない。また、寒天の中にも分生子を作るのがよく見られる。

完全世代

知られている範囲ではフザリウムの完全世代は子嚢菌核菌綱ボタンタケ科アカツブタケ属(Nectria)やそれに近縁なジベレラ(Gibberella)である。アカツブタケは小さな球形の子実体を多数、枯れ木の樹皮上に形成する菌である。ジベレラは紫色の子実体を形成するのが特徴である。この菌には稲のばか苗病の病原菌として有名なものが含まれる。

なお、アカツブタケ属の菌のアナモルフ(不完全世代)はフザリウムだけではなく、CephalosporiumCylindrocarponVerticilliumの形を取るものもあることが知られている。形は違うがいずれもフィアロ型の分生子形成型のものである。

分類の変遷と議論

ランパーとスプリッター

Wollenweberの分類を起点とし、Snyder&Hansenらに代表される種を細分する学派(スプリッター)と、Boothらに代表される種を大きくまとめる学派(ランパー)とに分かれて長年大きな論争が繰り広げられてきた。スプリッター派は主にヨーロッパの研究者、ランパー派はおもにアメリカのペンシルバニア大学を中心とした研究者たちであった。ところが1983年にペンシルバニア大学のNelson, Toussoun & Marasasは「FUSARIUM SPECIES」という、スプリッター派を支持する分類に基づいた書籍を出版した。これにより、両学派の方向性は統一された。


分子遺伝学的検討に基づく種の細分化

近年は分子遺伝学的な検討が行われており、従来の種は複合種であるとされて、細分化された種が数多く提案されている。形態的には全く区別がつかなくても種として分けることを主張する研究者も多くいる。そのため種の数は飛躍的に増えており、2006年現在で百数十種、将来的には500種以上になると言われている。

種が細分化されている代表的な種にF. graminearumがある。従来は、北米に多く分布し、トウモロコシへの寄生性が強く、子のう殻を作りにくい系統(タイプ1)と世界中に分布し麦類に寄生しやすいタイプ(タイプ2)とに分けられる程度であったが、それぞれF. pseudograminearumF. graminearumに分けられた上、さらにF. graminearumも8種に分けられている。さらに細分化された種名の中にもF. graminearumと名づけられているものがあり、混乱を招きやすい。F. moniliformeの場合は、細分化された後に存在した狭義のF. moniliformeという種名は、混乱を避けるために現在は使用が禁止され、F. verticillioidesと名称変更された。


利害

植物質の上で腐生菌として生活するものがよく見られるが、樹液や汚水中に出るものもある。しかし、この菌は植物の病原菌となるものが数多く知られ、農業上の害が大きい。広い範囲の栽培植物が宿主となる。

植物病原菌

宿主植物を萎れさせるタイプのものと、組織を腐敗させるものとに大別される。

萎れさせるタイプのものは、宿主植物のから感染し、木部道管に菌糸体を広げる。その際に植物側は、導管に隣接する柔組織がふくらんで導管を塞ぎ(チローシスとよばれる)、水の吸い上げを物理的に阻害することになり、植物全体が萎れる。また、フザリン酸など、いくつかのマイコトキシンも関わっていると考えられている。

特にF. oxysporumは、作物ごとに寄生性が分化した群が存在し、それぞれの群ごとに特定の作物に萎凋性病害を引き起こす。フザリウムによる萎凋性病害が大きな問題となる作物には、トマトバナナワタサツマイモマメ科作物、ウリ科作物、アブラナ科作物などがある。

腐敗させるタイプのものは、ペクチン分解酵素により細胞壁を溶解させたり、マイコトキシンの分泌により細胞膜の透過性を阻害させたりして、組織を壊死させることにより症状を引き起こす。代表的なものには、F. oxysporumによる タマネギ乾腐病、F. solani複合種によるジャガイモ乾腐病、エンドウ根腐病などがある。また、F. graminearumF. culmorumによる穀類赤かび病は、作物の組織を殺すのみならず、後述のようにマイコトキシンを産生し、人畜の健康被害をもたらすことで問題となっている。

また、イネばか苗病は、イネの苗が徒長するもので、病原菌はGibberella fujikuroi(不完全世代:F. verticillioides)である。この種は植物の生長ホルモンの活性があるジベレリンを分泌するため、イネの生長が異常になるのである。

マイコトキシン

フザリウムのいくつかの種はマイコトキシンを産生する。おもなものには、トリコテセン系マイコトキシン(デオキシニバレノール、ニバレノール、T-2トキシン)、 ゼアラレノン、フモニシン、ブテノライドなどがある。

トリコテセン系マイコトキシンは、汚染された穀物を摂取することにより、食中毒性無白血球症(ATA)と言われる中毒症状(悪心、嘔吐、腹痛、下痢、造血機能障害、免疫不全など)を起こす。ゼアラレノンは女性ホルモン様作用を持ち(環境ホルモン)、家畜に不妊、流産、外陰部肥大を引き起こす。

その他の被害

他に、フザリウムには魚やエビに寄生するものも知られている。そのなかには、養殖漁業において大きな被害を与えるものがある。

また、水中的な環境にも出現することから、台所や風呂場の排水溝周辺などに生育して赤い汚れになる場合がある。コンタクトレンズの洗浄剤に繁殖して被害を出した例もある。

樹木上のアカカビ

フザリウムのうち、一部の種は赤い色素を出すことで知られ、培養するとコロニーが赤や桃色に染まることがある。野外においても、そのために人を驚かせる場合がある。

樹木の傷から染み出る樹液には糖分などが含まれ、これを生育場所とする菌は数多く、まとめて樹液菌などと呼ばれる。特に酵母やそれに近縁なものが多く生息し、樹液が発酵しているのはよく知られていることであるが、同時に糸状菌も生育する。フザリウムもその一つであり、この菌がよく繁殖すると、その部分が赤や紅色に染まってしまう。この菌は普通はF. roseumであるとされてきた。

これを外から見れば、樹皮の傷口やその周辺に樹液が染み出し、そこに菌類が繁殖して何やらブヨブヨの固まりとなり、これが赤く染まってしまうのである。特にミズキなどでは樹液の分泌が多いのか、傷口から下側に数十cmにもわたって赤いブヨブヨが広がる状態も見られる。古くは「木の切り傷から血が流れていた」などという記録があるのもこれであるらしい。

この状態が長く続くことはなく、樹液の分泌が止まれば栄養の供給が断たれるから、次第に干からび、それに連れて菌の種類も変わり、最後は黒っぽくなって終わると言う。また、この状態でフザリウムの完全世代が見られることもあるとのこと。

なお、湿ったところに赤い色で繁殖するのはこのカビだけではない。不完全酵母のロドトルラ(Rodotorura)などの場合も多いので、外見だけでの判断はできない。 。

参考文献

  • 作物のフザリウム病 編集:松尾卓見・駒田旦・松田明、全国農村教育協会(1980)ISBN 4-88137-012-X
  • 椿啓介,『カビの不思議』1995,筑摩書房
  • 杉山純多編集;岩槻邦男・馬渡峻輔監修『菌類・細菌・ウイルスの多様性と系統』(2005)裳華房
  • Fusarium Mycotoxins Chemistry, Genetics, and Biology、Anne E. Desjardins、APS Press(2006) ISBN 0-89054-335-6
  • FUSARIUM SPECIES An Illustrated Manual for Identification、Nelson・Toussoun・Marasas、The Pennsylvania State University Press (1983) ISBN 0-271-00349-9