「アイディア・表現二分論」の版間の差分

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[[File:Copyright IdeaExpDivide Ja.png|米国のアイディア・表現二分論は横割りなのに対し、日本は実用的な産業財と文化的な芸術品で分ける縦割りの発想が強い。|thumb|400px]]
'''アイディア・表現二分論'''(あいでぃあ・ひょうげんにぶんろん)とは、思想(アイディア)をその思想の表現または表明と区別することによって、[[著作権]]保護の範囲を制限すべきとする考え方をいう。
'''アイディア・表現二分論'''(あいでぃあ・ひょうげんにぶんろん、別称: アイディアと表現の二分法理、{{Lang-en|Idea-expression dichotomy}}または{{Lang-en|Idea-expression divide}})とは、[[知的財産権]]に関する概念であり、創作物や発見などを[[産業財産権]] ([[特許権]]や[[商標権]]などの総称) と[[著作権]]のどちらで保護すべきかを切り分ける考え方の一つである。アイディア・表現二分論は、産業財産権の対象が「アイディア」そのもの (思想、概念や事実発見などを含む) とする一方、著作権の対象はアイディアの「表現」であると捉える法理である。


また、一括りにアイディアや表現と言っても、すべてが法的に保護されるわけではなく、一般社会によるアイディア利用の自由が優先し、特許権や著作権の権利者による独占が制限されることがある。さらに、創作物や発見の中には、それがアイディアなのか表現なのか、完全に分離するのが難しいものも存在する。その際には、アイディア・表現二分論から派生した「マージ理論」({{Lang-en|Merger doctrine}}) や「ありふれた情景の理論」({{Lang-fr|Scènes à faire}}) が適用される。
例えば、欧州連合ソフトウェア指令第1.2条は、コンピュータプログラムの何らかの要素の基礎となる思想及び原理(操作系の基礎となるものを含む)を著作権から明示的に除外している。 <ref>quoted in {{Cite web|author=Mylly, Ulla=Maija|title=Harmonizing Copyright Rules for Computer Program Interface Protection|publisher=University of Louisville Louis D. Brandeis School of Law|page=14|url=http://www.law.louisville.edu/sites/www.law.louisville.edu/files/cicl2-mylly.pdf|archiveurl=https://web.archive.org/web/20100605051113/http://www.law.louisville.edu/sites/www.law.louisville.edu/files/cicl2-mylly.pdf|archivedate=5 June 2010|accessdate=2019年4月30日}}</ref> <ref>{{Cite web|title=Directive 2009/24/EC of the European Parliament and of the Council of 23 April 2009 on the legal protection of computer programs|publisher=欧州連合公報|url=http://eur-lex.europa.eu/LexUriServ/LexUriServ.do?uri=OJ:L:2009:111:0016:0022:EN:PDF|accessdate=2019年4月30日}}</ref> SAS Institute Inc. 対 World Programming Ltd. 事件で欧州司法裁判所は次のように述べている。「コンピュータプログラムの機能を著作権で保護できることを認めれば、思想を独占することが可能となり、技術の進歩及び産業の発展に対してマイナスになるであろう。」<ref>{{Cite web|title=EUR-Lex - 62010CJ0406 - EN - EUR-Lex|url=http://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?qid=1446134154470&uri=CELEX:62010CJ0406|website=eur-lex.europa.eu|accessdate=2 February 2019}}</ref>


アイディア・表現二分論とその付随理論は、主に欧米の著作権法や裁判所による[[判例]]で採用されているものの、[[著作権法|日本の著作権法]]には完全に適用されていない。
合衆国では、1879年に[[合衆国最高裁判所|最高裁判所]]が Baker 対 Seldon 事件<ref>{{Ussc|101|99|1879}}</ref>の意見でこの原理をさらに進め、書物に記述された「有用な技術」(同事件では[[簿記]])には特許によって排他的な権利が与えられ得るのに対して、著作権によって保護されるのは(アイディアではなく)記述そのものだけであると判示した。 Harper & Row Publishers, Inc. 対 Nation Enters. 事件 471 U.S. 539, 556 (1985) において、最高裁判所は、「著作権におけるアイディア・表現二分論は、事実の自由な伝達を許す一方で、著作者の表現を保護することによって、[[アメリカ合衆国憲法修正第1条|憲法修正第1条]]と[[著作権法 (アメリカ合衆国)|著作権法]]との定義上のバランスをとる。」(内部引用は省略)と判示した。さらに、 Mazer 対 Stein 事件 347 U.S. 201, 217 (1954) において、最高裁判所は、「特許とは異なり、著作権は公開された技術に対して排他的権利を与えるものではない。保護が与えられるのは思想の表現に対してのみであって、思想そのものに対してではない。」と判示した。

== 定義と意義 ==
[[コンピュータ・プログラム]]の一つであるインターネットの検索エンジンを例にとると、プログラムの[[アルゴリズム]]や基本設計、つまり検索キーワードに基づき、どのサイトを検索結果に含める・含めないかや、検索表示順を決めるロジックは「アイディア」であり{{Sfn|山本隆司|2008|pp=47}}、新たに発見するものであることから、当局に申請すれば特許が認められうる。しかし、その検索エンジンの使い方を示したフローチャートなどの説明文書は、アイディアに基づく「表現」でしかない{{Sfn|山本隆司|2008|pp=47}}。仮にその検索エンジンAを第三者が不正盗用し、類似の検索エンジンBを創作した場合、何をどこまで盗用したのかによって、特許権と著作権のどちらを (または両方を) 侵害したことになるのかが異なることから、裁判で適用される法律も変わってきてしまう。

つまりアイディア・表現二分論では、実用的な商材なのか芸術的な商材なのか、といったモノの属するジャンルは問われない。しかし日本では、経済産業省 (特許庁) 対 文部科学省 (文化庁著作権課) という行政組織の縦割りにより、産業の技術は特許法で、文化的な芸術は著作権法でそれぞれ守られている。したがって、階層的な横割りのアイディア・表現二分論とは発想が異なる{{Sfn|山本隆司|2008|pp=11&ndash;13}}。

アイディア・表現二分論は、発明や創作物がどの程度の「公共性」を持っているかによって、高い順に「抽象的アイディア」「具体的アイディア」「アイディアの『表現』」の3階層に分類する。公共性が最も高い抽象的アイディア (たとえば化学の基礎知識) は、社会利用を促進する観点から、アイディア自由の原則が適用され、特許権や著作権での法的保護は認められない。しかし、それが具体的なアイディア (化学知識に基づいた新薬の開発) になると、申請条件を満たしていれば特許が認められ、新薬の開発者を動機づけるため、特許保有者以外は一定の期間、その新薬を製造・販売できなくなる。さらにその新薬に関する科学論文や、新薬を飲んだ患者の体験本は、アイディアの「表現」であることから、その執筆者には著作権が認められる{{Sfn|山本隆司|2008|pp=12, 46}}。

なぜ公共性という概念で分類するのかを考察する上で、アイディア・表現二分論が発達している米国の「産業政策理論」と呼ばれる考え方が重要になってくる。これは、モノの発明者や創作者に対し、政府が法律によって独占的な権利を無制限に与えたり、私的な恩恵を与えるのではなく、発明者や創作者を一定の期間に限って動機付け、期限が切れた後はその天才たちの成果物を社会が利用できるようにすることで、公共の利益を達成しようという発想である。さらにその背景には、競争の自由を阻害する市場の独占は悪であり、これに対する警戒心が強いという思想がある{{Sfn|山本隆司|2008|pp=9&ndash;11}}。

つまり、特許権であれ著作権であれ、権利者に一定の独占を認めている。しかし、その独占の強さに違いがあるため、アイディアと表現を切り分け、過度な独占につながらないよう制御する必要がある。ここでの独占の強さの違いであるが、世界の多くの国々の著作権法では、著作物が創作された時点で、自動的に著作権が発生する「[[著作権#方式主義と無方式主義|無方式主義]]」を採用している{{Refnest|group="註"|著作権の基本条約である[[ベルヌ条約]]で無方式主義を採用しており、ベルヌ条約の締結国は2019年6月時点で世界180ヶ国以上に上る<ref name=BerneConv-WIPO-2>{{Cite web |title=Contracting Parties > Berne Convention > Paris Act (1971) (Total Contracting Parties : 187) |trans-title=ベルヌ条約の1971年パリ改正版の加盟国 (閲覧時点で187か国加盟済) |url=https://www.wipo.int/treaties/en/ActResults.jsp?act_id=26 |publisher=[[WIPO]] |accessdate=2019-06-04 |language=en}}</ref>。}}。一方、特許や商標などの産業財産権は、権利者の独占が著作権より強い分、政府当局に申請して許可されなければ、その権利が認められない「方式主義」である。仮にアイディアと表現を明確に切り分けず、容易に権利が認められる著作権を笠にして、アイディアそのものまで広く独占保護を求める者が出てくると、アイディア自由の原則がないがしろにされたり、特許手続の抜け道として著作権保護が悪用されるおそれがある。したがって、アイディア・表現二分論には、著作権で保護される範囲を制限するという側面がある{{Sfn|山本隆司|2008|pp=45}}。

<!-- 英語版からの翻訳パートだが、要出典状況が長らく続いていて改善しないため、いったんコメントアウト。2019年6月の改稿で、別出典で書き換えたため、場合によっては以下の表記は除去してもいいかもしれません。


知的財産権に対する批判の中には、一般的な思想及び概念が方法論として解釈されるときに思想・概念自体に独占的な権利を与える「特許」と、そのような権利を与え得ない「著作権」との混同に基づくものがある。{{要出典|date=November 2015}}[[冒険小説]]を例にとって説明しよう。著作権は、全体としての作品に、特定のストーリーや登場人物に、あるいは本に含まれる[[挿絵]]に存在することがあり得るが、通常は、そのストーリーのアイディアや[[ジャンル]]には存在し得ない。したがって著作権は、「ある男が冒険に出掛けて探検する」というアイディアには存在し得ないが、このパターンに沿った特定のストーリーには存在し得る。同様に、ある著作物内に述べられている方法論や手順に[[特許|特許要件]]があれば、それらは各種の[[特許請求の範囲|特許請求]]の対象となり得、それは同じアイディアに基づく他の方法論や手順を包摂できる広さを持つこともあれば、そうでないこともある。例えば、 [[アーサー・C・クラーク|アーサー・C・クラーク]]が1945年の論文で通信衛星([[電気通信]]中継器として使用される[[静止軌道|静止衛星]])の概念を十分に記述していたため、1954年に[[ベル研究所]]で(独立に{{要出典|date=February 2009}})通信衛星が開発されたが特許要件があるとはされなかった。
知的財産権に対する批判の中には、一般的な思想及び概念が方法論として解釈されるときに思想・概念自体に独占的な権利を与える「特許」と、そのような権利を与え得ない「著作権」との混同に基づくものがある。{{要出典|date=November 2015}}[[冒険小説]]を例にとって説明しよう。著作権は、全体としての作品に、特定のストーリーや登場人物に、あるいは本に含まれる[[挿絵]]に存在することがあり得るが、通常は、そのストーリーのアイディアや[[ジャンル]]には存在し得ない。したがって著作権は、「ある男が冒険に出掛けて探検する」というアイディアには存在し得ないが、このパターンに沿った特定のストーリーには存在し得る。同様に、ある著作物内に述べられている方法論や手順に[[特許|特許要件]]があれば、それらは各種の[[特許請求の範囲|特許請求]]の対象となり得、それは同じアイディアに基づく他の方法論や手順を包摂できる広さを持つこともあれば、そうでないこともある。例えば、 [[アーサー・C・クラーク|アーサー・C・クラーク]]が1945年の論文で通信衛星([[電気通信]]中継器として使用される[[静止軌道|静止衛星]])の概念を十分に記述していたため、1954年に[[ベル研究所]]で(独立に{{要出典|date=February 2009}})通信衛星が開発されたが特許要件があるとはされなかった。
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== マージ理論 ==
アイディアと表現を切り分けるのが理想である。しかし、ある表現を使用しなければ、その大元にあるアイディアも使用できないほどに結合 (マージ、merge) が強い場合、アイディア自由の原則と表現の保護という二つの考え方は両立できなくなる。この際、アイディア自由の原則を優先し、著作権による保護は制限されるという考え方がマージ理論である{{Sfn|山本隆司|2008|pp=47&ndash;49}}。マージ理論が適用されたリーディング・ケースとしては、後述する1879年のアメリカ合衆国最高裁判決「{{仮リンク|ベーカー対セルデン裁判|en|Baker v. Selden}}」(101 U.S. 99) と、1971年の第9巡回区控訴裁判決「ハーバート・ローゼンタール・ジュエリー対カルパキアン裁判」(446 F.2d 738) が知られている。

== ありふれた情景の理論 ==
(狭義の) マージ理論を発展させたものとして、「ありふれた情景の理論」(フランス語でScènes à faire、英語圏でもフランス語がそのまま使用される) がある。マージ理論はアイディアと表現が1対1 (ないしごく限られた数) で結合しているのに対し、ありふれた情景の理論は1対Nであり、かつNの中でもお決まりの表現が一つに定まるケースである。このような場合、お決まり、つまり平凡な表現は著作権保護されないという考え方である{{Sfn|山本隆司|2008|pp=49&ndash;50}}。ありふれた情景の理論に関するリーディング・ケースとしては、後述する1988年のアメリカ合衆国第9巡回区控訴裁判決「{{仮リンク|データイースト対エピックス裁判|en|Data East USA, Inc. v. Epyx, Inc.}}」(862 F.2d 204) がある。

ここで注意すべきは、単に平凡な表現だからと言って、それだけを理由に法的に保護されないわけではないことである。アイディア自由の原則がまず優先的にあり、表現の保護によって大元となるアイディアまで利用を制限されてはならないからこそ、(狭義の) マージ理論もありふれた情景の理論も導き出されている。したがって平凡な表現であっても、アイディアとの結合 (マージ) が認められなければ、著作権法上で保護される{{Sfn|山本隆司|2008|pp=49&ndash;50}}。

なお、ありふれた情景の理論は、文学や映像などの芸術性や物語性を主に対象とし、「混同法理」はコンピュータ・プログラムなどの実用的な著作物を対象として使い分けるべきとの主張もあるが{{Sfn|Leaffer|2008|p=115}}、両者は密接に関係し、法廷では混同法理のこともありふれた情景の理論と呼ばれることが多い{{Sfn|Leaffer|2008|p=115}}。

== 各国の適用状況 ==

=== アメリカ合衆国 ===
アイディア・表現二分論は、[[合衆国法典]]第17編 (17 U.S.C.) に収録された、米国著作権法上の[http://uscode.house.gov/view.xhtml?req=granuleid:USC-prelim-title17-section102&num=0&edition=prelim 第102条(b)項]で明文化されている。しかし米国では立法府による制定法より、司法府による判例法に重きを置いていることから、著作権法上で明文化される以前から、アイディア・表現二分論は司法判断で用いられてきた。

; {{仮リンク|ベーカー対セルデン裁判|en|Baker v. Selden}} (Baker v. Selden, {{Ussc|101|99|1879}})
: 会計の[[簿記]]に関する書籍を巡って争われた裁判であり、1879年の[[合衆国最高裁判所|最高裁]]判決文は多くに引用されている。セルデンは自著数冊の中で、簿記の改良手法について解説している。しかし、著作は商業的なヒットには至らなかった。セルデンの書から数年後、ベーカーが類似の簿記手法について記し、こちらは全米広域にわたって好調な売れ行きを記録した。セルデンの死後、相続人である妻がベーカーを相手取って著作権侵害で提訴したのが本件である。一審のオハイオ地方裁は、二者の著作物が酷似していることから、著作権侵害を認めて[[著作権法 (アメリカ合衆国)#著作権侵害と救済手段|終局的差止命令]]を出した。しかし最高裁では、セルデンの簿記手法そのものに著作性はなく、簿記手法を表現した書籍にのみ著作性を認めた。また、簿記手法に独占的権利を主張するには、著作権法ではなく特許法の範疇で議論すべきと判示した<ref name=Baker-Cornell>{{Cite web |url=https://www.law.cornell.edu/supremecourt/text/101/99 |title=BAKER v. SELDEN. |publisher=[[コーネル大学]]ロースクール |accessdate=2019-06-20}}</ref>。

: 同裁判ではまた、「薬の組成や使用方法について書かれた論文や、耕作用具の作成と使用方法について書かれた論文などは、著作権法の対象となる。しかしその論文に書かれた内容の新規性 (誰が最初に発見したか) と、著作権はまったくの無関係である。そして新規性は特許庁によって審査された上で、独占性が認めなければならない。このような審査手続を経ずに独占性が認められると、他者にとって不意打ちとなってしまう」との主旨を述べている{{Sfn|山本隆司|2008|pp=12&ndash;13}}{{Sfn|Leaffer|2008|pp=107&ndash;111}}。

; [[ハーバート・ローゼンタール・ジュエリー対カルパキアン裁判]] (Herbert Rosenthal Jewelry Corporation v. Kalpakian, 446 F.2d 738 (9th Cir. 1971))
: 1971年の第9巡回区控訴裁判決である。原告・被告ともに宝飾メーカーであり、原告ハーバート・ローゼンタールは、宝石に金をあしらったミツバチ型の宝飾ピンを著作権登録済みであった。被告カルパキアンが類似デザインのピンを商品化したことから、ハーバート・ローゼンタールが著作権侵害で提訴した。裁判所は、カルパキアンは自然界のミツバチを研究してデザインしており、両社とも実物のミツバチに似てはいるものの、カルパキアンがハーバート・ローゼンタールを真似たわけではないとして、類似性の訴えを棄却した<ref name=LN-HerbertKalpakian/>。

: この判決では、特許権と著作権の違いについても言及されている。被告には、原告の商品の「アイディア」から学ぶ自由があるものの、アイディアの「表現」を盗むことはできないと指摘した。その上で、このケースではアイディア (ミツバチ型のピンを作る発想) とその表現 (出来上がったピンのデザイン) が不可分であることから、表現を模倣しても著作権侵害に当たらないと判示した<ref name=LN-HerbertKalpakian>{{Cite web |url=https://www.lexisnexis.com/lawschool/resources/p/casebrief-herbert-rosenthal-jewelry-corp-v-kalpakian.aspx |title=Herbert Rosenthal Jewelry Corp. v. Kalpakian {{!}} Law School Case Briefs for Class Prep |trans-title=ハーバート・ローゼンタール・ジュエリー対カルパキアン裁判 {{!}} ロースクール講義予習のための判例概要 |publisher=[[レクシスネクシス]] |accessdate=2019-06-19 |language=en}}</ref>。これはベーカー対セルデン裁判でも判示されたように、アイディアと表現が結合していて切り離せない場合、表現に市場独占権を与えてしまうと、特許権で保護されるべきアイディアにまで影響が及んでしまう。しかし、特許権なしに市場を独占する権利を著作権者に与えるために、連邦議会は著作権法を制定しているわけではないため、ミツバチ型ピンのデザインを模倣しても著作権侵害には当たらないとされる{{Sfn|山本隆司|2008|pp=47&ndash;49}}。

; {{仮リンク|データイースト対エピックス裁判|en|Data East USA, Inc. v. Epyx, Inc.}} (Data East USA, Inc. v. Epyx, Inc., 862 F.2d 204 (9th Cir. 1988))
: ありふれた情景の理論のなかでも[[ルック・アンド・フィール]]に関連する、1988年の第9巡回区控訴裁判決である。日本の[[データイースト]]社はゲームセンターの[[アーケードゲーム]]や家庭用ゲームに作品を提供するゲームメーカーである。1984年に日本で「[[空手道 (ゲーム)|空手道]]」をリリースし、米国を含む日本国外では「カラテチャンプ」(Karate Champ) の名称で流通していた。翌年1985年には、イギリスのシステムⅢソフトウェア社が「International Karate」をリリースし、米国市場向けの開発および販売は、ライセンス契約に基づいて[[カリフォルニア州]]企業のエピックス社が担っていた。1986年、海軍バージョンの「World Karate Champion」を発売した。白と赤の空手着を身にまとった対戦相手、主審による勝者宣言、対戦ごとに異なる背景シーン、ボーナス・フェーズなどの設定が似ているとして、データイーストがエピックスを提訴した。一審では著作権侵害を認め、終局的差止命令を出したが、二審の控訴裁ではこれを覆している。その理由として、与えられたアイディアから必然的に発生する標準的な表現にまで、著作権の保護を与えられないとしている<ref name=RAVEL-DataEast>{{Cite web |url=https://www.ravellaw.com/opinions/d101da3b99dadd73e937d8ded65f17aa |title=Data East USA, Inc. v. Epyx, Inc., 862 F.2d 204, Ninth Circuit (1988) |publisher=Ravel |accessdate=2019-06-19}}</ref><ref name="Graham1999">{{cite book|author=Lawrence D. Graham|title=Legal Battles that Shaped the Computer Industry|url=https://books.google.com/books?id=c6IS3RnN6qAC&pg=PA55|year=1999|publisher=Greenwood Publishing Group|isbn=978-1-56720-178-9|pages=55–}}</ref>。

; [[ハーパー & ロー対Nation誌裁判]] (Harper & Row v. Nation Enterprises, {{Ussc|471|539|1985}})
: 出版大手[[ハーパーコリンズ|ハーパー & ロー]] (現ハーパーコリンズ) が[[ジェラルド・R・フォード|フォード元大統領]]の未発表回想録の出版権を獲得したものの、雑誌『Nation』が引用して先行報道した争いである{{Sfn|山本隆司|2008|p=111}}。最高裁は1985年、元原稿から逐語的に引用されたのは、計20万語のうちわずか300語だったが、その内容が決定的な箇所だと指摘した。また、「著作権におけるアイディア・表現二分論は、事実の自由な伝達を許す一方で、著作者の表現を保護することによって、[[アメリカ合衆国憲法修正第1条|憲法修正第1条]]と[[著作権法 (アメリカ合衆国)|著作権法]]との定義上のバランスをとる」と判示した{{Sfn|Leaffer|2008|p=682}}。

; {{仮リンク|メイザー対スタイン裁判|en|Mazer v. Stein}} (Mazer v. Stein, {{Ussc|347|201|1954}})
: 実用品デザインの著作権保護を巡るリーディング・ケースとして知られる。本件以前は、実用品デザインを著作権法で保護できるのか、それとも意匠特許法でしか保護されないのか、判然としなかった。本件では、卓上ランプを模倣したとして著作権侵害が問われた。原告の卓上ランプの台には、[[バリ島]]のダンサー男女の像が用いられていたことから、実用品の機能面としてのランプには著作権性はないが、ダンサー像には著作権性があるとして、最高裁は1954年、著作権侵害を認めた。「特許とは異なり、著作権は公開された技術に対して排他的権利を与えるものではない。保護が与えられるのは思想の表現に対してのみであって、思想そのものに対してではない」と判示している{{Sfn|Leaffer|2008|pp=164&ndash;166}}。さらに最高裁は、美しい流線型のチェアは著作権保護が認められないと例示している。その違いであるが、実用性の表現と芸術性の表現が分離できるか否かである。本件における卓上ランプの場合は、ランプの柄の部分にダンサーの像がついており、そのダンサー像だけ取り出して純粋美術としての立像を創作できることから、著作権保護されると判示された{{Sfn|山本隆司|2008|pp=56&ndash;57}}。この物理的な分離性について別の例を挙げると、英国車ジャガーのボンネットについている、ジャガーのマスコット彫刻は分離可能なため、著作権保護されるとも説明されている<ref name=KottoLaw>{{Cite web |url=https://www.kottolaw.com/column/001056.html |title=ファッションと著作権の微妙な距離 {{!}} ―次元の狭間で揺れる両者の関係 |author=中川隆太郎 (弁護士) |publisher=骨董通り法律事務所 |date=2015-09-30 |accessdate=2019-06-25}}</ref>。

: 本件以降も、旧式電話機型の鉛筆削り、犬形の貯金箱といった量産型の商材や、繊維製品のグラフィックデザインにまで著作権性が認められる判決が続いている<ref group="註">鉛筆削りはTed Arnold Ltd. v. Silvercraft Co. (259 F.Supp 733 (S.D.N.Y. 1956))、貯金箱はRoyalty Designs, Inc. v. Thrifticheck Serv. Corp. (204 F.Supp 702 (S.D.N.Y. 1962))、繊維製品はPeter Pan Fabrics, Inc. v. Martin Weiner Corp. (274 F.2d 489 (2nd Cir. 1960)) などが挙げられる。</ref>{{Sfn|Leaffer|2008|pp=164&ndash;166}}。

; {{仮リンク|スター・アスレティカ対ヴァーシティ・ブランズ裁判|en|Star Athletica, LLC v. Varsity Brands, Inc.}} (Star Athletica, LLC v. Varsity Brands, Inc., {{Ussc|580|15-866|2017}})
: スポーツ・アパレル企業同士の訴訟である。メイザー判決が物理的な分離性について言及したのに対し、本件では概念的な分離性が問われた。[[チアリーディング]]のユニフォームデザイン (縞・ジグザグ・逆さV字模様など) が似ているとして大手ヴァ―シティ社がスター社を提訴した。これに対しスターは、実用品向けのデザインのため著作権は発生しないとして、マージ理論と[[フェアユース]] (公正利用) で抗弁したものの、最高裁はヴァーシティのデザイン独創性を認め、抗弁を棄却した。

: この判決では、ユニフォームの装飾デザインと、衣類繊維は物理的に分離できないものの、概念的に分離可能であるとし、その具体的な判断基準を5点示した。(1) 著作権法第102条が定めるところの「絵画・図形・彫刻の著作物」に該当するか、(2) 第101条の定義で定められた、実用的デザイン (useful article) か、(3) その実用的側面とは何か、(4) デザインを見る者が (1) の特徴と (3) の側面を分離して識別できるか、(5) さらに分離識別できるだけでなく、独立して存在できる特徴を有しているか、の5点である<ref name=KottoLaw/>。

; [[モリシー対P&G裁判]] (Morrissey v. Procter & Gamble Co., 379 F.2d 675 (1st Cir. 1967))
: 第1巡回区控訴裁が1967年に下したこの判決は、「混同法理」のリーディング・ケースである。混同法理とは、大元のアイディア (システム、プロセス、操作方法を含む) を表現する方法が事実上1つしかない場合、アイディアと表現は「混同した」とみなされ、著作権保護は認められないとする解釈である。混同法理は、先述のベーカー対セルデン裁判の判示に依拠する。ベーカー対セルデン裁判では、アイディアを利用するにあたって、作品の複製を必要とする場合は、その複製行為は著作権侵害にあたらないとしている。一方で、複製せずともアイディアの解釈だけで済むならば、複製は著作権侵害となる{{Sfn|Leaffer|2008|pp=109&ndash;111}}。

: モリシーは販売促進用の宝くじの企画を運営していたが、その運用方法がP&G主催の宝くじと類似しているとして提訴した裁判である。その運用方法とは、応募者が氏名、住所、[[社会保障番号]]などを記入する必要があるというものである<ref name=CB-Morrissey>{{Cite web |url=https://www.casebriefs.com/blog/law/intellectual-property-law/intellectual-property-keyed-to-merges/copyright-law/morrissey-v-procter-gamble/ |title=Morrissey v. Procter & Gamble |publisher=Case Briefs |accessdate=2019-06-20}}</ref><ref name=Morrissey-Cornell>{{Cite web |url=https://www.law.cornell.edu/copyright/cases/379_F2d_675.htm |title=MORRISSEY v. PROCTER & GAMBLE CO., 379 F.2d 675 (1st Cir. 1967) |publisher=[[コーネル大学]]ロースクール |accessdate=2019-06-20}}</ref>。販促用の宝くじのように、既にくじの引き方というアイディアが枯渇しているものにまで独占的な権利を与えてしまっては、社会的な損失になると考えられている{{Sfn|Leaffer|2008|pp=109&ndash;111}}。

; [[ウォーカー対タイム・ライフ・フィルムズ裁判]] (Walker v. Time Life Films Inc., 784 F.2d 44 (2d Cir. 1986))
: ありふれた情景の理論の判例である。1976年出版・ウォーカー著『''Fort Apache''』が、1981年映画『[[アパッチ砦・ブロンクス]]』 (原題: ''Fort Apache, The Bronx'') に盗用されたとして提訴した。両作とも、黒人と白人警官の死亡事件で始まり、闘鶏、飲酒、部品を盗まれた車、売春、ネズミが登場する。第2巡回区控訴裁は1986年、これらのシーンはニューヨーク州[[サウス・ブロンクス]]でたびたび報道されている事実であり、その設定に著作物性はないとした<ref name=Walker-OpenJurist>{{Cite web |url=https://openjurist.org/784/f2d/44/walker-v-time-life-films-inc |title=784 F. 2d 44 - Walker v. Time Life Films Inc |publisher=Open Jurist |accessdate=2019-06-20}}</ref>。

; {{仮リンク|ゲイツ・ラバー対バンドー化学裁判|en|Gates Rubber Company v. Bando Chemical Industries, Ltd., et al}} (Gates Rubber Company v. Bando Chemical Industries, Ltd., et al, 9 F.3d 823 (10th Cir. 1993))
: 機械用ベルト製造の競合同士の争いである。同業界では全米で主力のゲイツ社は、個々の機械に合ったベルト製品を適切に選んで効率的に販売するため、さまざまな変数を考慮して計算できるソフトウェアを開発し、合衆国著作権局に著作権登録を済ませていた。ところが、このソフトウェアに関する詳細設計やソースコードなどを元ゲイツ従業員が持ち出し、転職先のバンドー (日系企業の米国支部) で類似ソフトウェアを開発した。これを受け、不正競争防止法違反、企業秘密の不正流用および著作権侵害でゲイツがバンドーを提訴した<ref name=Gates-Harvard/>。本件では著作権法上の{{仮リンク|実質的類似性|en|Substantial similarity}}を検証する上で、{{仮リンク|抽象化・排除・比較テスト|en|Abstraction-Filtration-Comparison test}} (別称: 3ステップ・テスト) の手法を確立させたとして知られている{{Sfn|山本隆司|2008|pp=192&ndash;195}}{{Sfn|Leaffer|2008|pp=589, 137}}。

: 第10巡回区控訴裁は1993年、ハードウェアの規格と機械的仕様、ソフトウェアの規格と互換性要件、コンピュータメーカーの設計規格、ターゲット業界の慣行や需要、コンピュータ産業におけるプログラミングの慣行は、コンピュータプログラムにおいては保護されない「ありふれた情景の理論」に該当すると判示した<ref name=Gates-Harvard>{{Cite web |url=https://h2o.law.harvard.edu/collages/41121 |title=Gates Rubber Co. v. Bando Chemical Industries, Ltd. |publisher=[[ハーバード大学]]ロースクール |accessdate=2019-06-20}}</ref>。

; {{仮リンク|Oracle対Google裁判|en|Oracle America, Inc. v. Google, Inc.}} (Oracle America, Inc. v. Google, Inc., 2019年1月時点で係争中)
: 企業買収によって[[Java]] [[アプリケーションプログラミングインタフェース|API]]の権利を獲得した[[オラクル (企業)|Oracle]]が、同技術をモバイル用OSの[[Android]]に利用されたとして、[[Google]]を特許権および著作権侵害で提訴し、約1兆円相当の損害賠償を求めた裁判である。一審では陪審と裁判所で著作権性を認めるかで意見が分かれたが、二審では著作権侵害を認めている。2019年1月、Googleは最高裁に上訴している<ref>{{Cite web|title=Oracle Am., Inc. v. Google, Inc., 750 F.3d 1339, 1358 (Fed. Cir. 2014)|url=https://scholar.google.com/scholar_case?case=15197092051369647665&q=oracle+v.+google&hl=en&as_sdt=2006|accessdate=2019年4月30日|publisher=}}</ref><ref name=OracleGoogle-Diamond>{{Cite web |url=https://diamond.jp/articles/-/167921 |title=Google-Oracle訴訟はOracleに有利な判断 判決からAndroid登場時の裏が見えてくる |author=末岡洋子 (ASCII編集部) |publisher=[[ダイヤモンド社]] |date=2018-04-18 |accessdate=2019-04-23}}</ref><ref name=OracleGoogle-Patest>{{Cite web |url=https://www.patest.co.jp/cafc/2018/cafc20180401.html |title=ORACLE AMERICA, INC. 対 GOOGLE LLC 事件 {{!}} 米国連邦控訴裁判所 (CAFC) 判決 2018年 |publisher=大塚国際特許事務所 |accessdate=2019-04-23}}</ref><ref name=OracleGoogle-Harvard2019>{{Cite web |url=https://jolt.law.harvard.edu/digest/google-v-oracle-silicon-valley-braces-for-lawsuit-of-the-decade-as-google-petitions-for-cert-to-decide-api-copyrightability |title=Google v. Oracle: Silicon Valley Braces for "Lawsuit of the Decade" as Google Petitions for Cert to decide API Copyrightability |trans-title=Google対Oracle: シリコンバレーは過去10年の一大訴訟へ - APIの著作権巡りGoogleが上告受理申立てへ |last=Ward |first=Aaron |publisher=[[ハーバード大学]]ロースクール |date=2019-03-13 |accessdate=2019-04-23 |language=en}}</ref>。

; [[ウィリアムス対ブリッジポート・ミュージック裁判]] (Williams v. Bridgeport Music, Inc.)
: ルック・アンド・フィールに関する判例である。2013年8月、 [[ロビン・シック]]、[[ファレル・ウィリアムス]]、[[T.I.]]は、彼らの曲である「[[ブラード・ラインズ (曲)|ブラード・ラインズ]]」に関して[[マーヴィン・ゲイ]]の家族及び相続財産から訴訟を起こされた。ゲイの家族は、「ブラード・ラインズ」がマービン・ゲイの曲である "[[Got to Give It Up]]"の「フィーリング」と「音」とをまねたものだと主張していた(シックは、この曲を「ブラード・ラインズ」に影響を与えた作品をして名前を挙げていた)<ref name="thr-blurredripoff">{{Cite news|title=Robin Thicke Sues to Protect 'Blurred Lines' from Marvin Gaye's Family (Exclusive)|url=http://www.hollywoodreporter.com/thr-esq/robin-thicke-sues-protect-blurred-607492|newspaper=The Hollywood Reporter|accessdate=18 August 2013|first=Eriq|last=Gardner|date=August 15, 2013}}</ref> <ref>{{Cite news|url=http://www.latimes.com/entertainment/music/la-et-ms-blurred-lines-reaction-brian-wilson-bonnie-mckee-20150314-story.html#page=1|title=Brian Wilson, Bonnie McKee and others react to 'Blurred Lines' verdict – LA Times|first=Randy|last=Lewis|newspaper=[[Los Angeles Times]]|date=2015-03-14|publisher=[[Tribune Publishing]]|location=[[Los Angeles]]|issn=0458-3035|accessdate=14 March 2015}}</ref>。

: 2015年3月、裁判所は、同じコード、歌詞など著作物性のある要素を共有していないにもかかわらず、「ブラード・ラインズ」はそのフィーリングと音とをまねることで "Got to Give It" の著作権を侵害したと判定した<ref name=Williams-Leagle>{{Cite web |url=https://www.leagle.com/decision/infdco20151203a30 |title=Williams v. Bridgeport Music, Inc. |publisher=Leagle.com |accessdate=2019-06-20}}</ref><ref name=Williams-Duke>{{Cite web |url=https://law.duke.edu/news/obrien-16-honored-grammy-foundation/ |title=O'Brien '16 honored by Grammy Foundation |publisher=[[デューク大学]]ロースクール |date=2016-02-19 |accessdate=2019-06-20}}</ref>。その後の2019年1月には、最終的に約500万米ドルで賠償金の金額が確定した<ref name=Williams-CL>{{Cite web |url=https://www.courtlistener.com/docket/4150431/pharrell-williams-v-bridgeport-music-inc/?page=3 |title=Pharrell Williams v. Bridgeport Music Inc (2:13-cv-06004) {{!}} District Court, C.D. California |publisher=CourtListener |accessdate=2019-06-21}}</ref>。

=== 欧州連合 ===
[[欧州連合]] (EU) では、加盟各国の著作権法の保護水準を揃える目的から、[[著作権法 (欧州連合)|著作権に関する数々のEU指令]]が出されている。EU指令が出されてから一定期間以内に、国内著作権法を必要に応じて改正するなどの義務をEU加盟国は負っている。著作権関連のEU指令の中で、{{仮リンク|コンピュータ・プログラムの法的保護に関する指令|en|Computer Programs Directive}} (91/250/EEC) の第1.2条では、コンピュータ・プログラムの何らかの要素の基礎となる思想及び原理(操作系の基礎となるものを含む)を著作権から明示的に除外している<ref>{{Cite web|author=Mylly, Ulla=Maija|title=Harmonizing Copyright Rules for Computer Program Interface Protection|publisher=University of Louisville Louis D. Brandeis School of Law|page=14|url=http://www.law.louisville.edu/sites/www.law.louisville.edu/files/cicl2-mylly.pdf |archiveurl=https://web.archive.org/web/20100605051113/http://www.law.louisville.edu/sites/www.law.louisville.edu/files/cicl2-mylly.pdf |archivedate=2010-06-05|accessdate=2019年4月30日}}</ref><ref>{{Cite web|title=Directive 2009/24/EC of the European Parliament and of the Council of 23 April 2009 on the legal protection of computer programs|publisher=欧州連合公報|url=http://eur-lex.europa.eu/LexUriServ/LexUriServ.do?uri=OJ:L:2009:111:0016:0022:EN:PDF|accessdate=2019年4月30日}}</ref>。

; {{仮リンク|SAS Institute対ワールド・プログラミング裁判|en|SAS Institute Inc v World Programming Ltd}} (SAS Institute Inc v. World Programming Ltd)
: ワールド・プログラミング社のソフトウェア製品{{仮リンク|World Programming System|label=WPS|en|World Programming System}}が[[SAS Institute|SAS]]の製品に類似しているとして、SASは製品およびマニュアル類の著作権侵害で提訴した。[[リバース・エンジニアリング]]によってSAS製品を解読したとSASは主張していた<ref name=SAS-Harvard>{{Cite web |url=https://h2o.law.harvard.edu/collages/45581 |title=SAS Institute, Inc. v. World Programming Ltd., 874 F.3d 370 (4th Cir. 2017) |publisher=[[ハーバード大学]]ロースクール |first=Andy |last=Sellars |accessdate=2019-06-20}}</ref>。

: 本件は{{仮リンク|イングランド・ウェールズ高等裁判所|en|Courts_of_England_and_Wales#High_Court}}が担当したが、司法判断にあたり、EU法の最高裁にあたる{{仮リンク|欧州司法裁判所|en|European Court of Justice|FIXME=日本語版記事は[[:en:Court of Justice of the European Union]]とリンク}} (CJEU) に意見を求めている。これに対し、CJEUは次のように述べている。「コンピュータプログラムの機能を著作権で保護できることを認めれば、思想を独占することが可能となり、技術の進歩及び産業の発展に対してマイナスになるであろう」<ref>{{Cite web|title=EUR-Lex - 62010CJ0406 - EN - EUR-Lex|url=http://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?qid=1446134154470&uri=CELEX:62010CJ0406|website=eur-lex.europa.eu|accessdate=2 February 2019}}</ref>。

=== イギリス ===
ありふれた情景の理論が想定するシチュエーションにおいて、イギリス及びほとんどの[[イギリス連邦|コモンウェルス諸国]]では、表現であっても保護されないか、保護されるのは文字通りの丸写しのみに非常に限定されている<ref>{{Cite book|last=Lai, Stanley|year=1999|chapter=Chapter V: The Position of ''Scenes a Faire'' in English Law|title=The Copyright Protection of Computer Software in the United Kingdom|location=Oxford, England|publisher=Hart Publishing|pages=54–56|isbn=978-1-84113-087-3}}</ref>。

; ドノヒュー対アライド新聞社裁判 (Donoghue v. Allied Newspapers Limited)
: 共同著作者の定義と、アイディア・表現二分論が問われた裁判である。プロのジャーナリストS. T. フェルステッドが、当時世界的に活躍していた競馬騎手のステファン・ドノヒューに対してインタビューを実施し、新聞「The News of the World」にドノヒューの特集記事が複数掲載された。掲載前に、記事の内容すべてにドノヒューは合意をしている。さらにフェルステッドは、焼き直してコンパクト化した上で、別の新聞「Guides and Ideas」への記事掲載を試みた。しかし、この編集著作物についてはドノヒューは事前に感知しておらず、新聞社に対して出版差止を求めた裁判である。本件では、インタビューを受けたドノヒューが共同著作者として認められるかが争点となった<ref name=IPIustitia-Donoghue/>。

: 1938年、ファーウェル判事は「アイディアは著作権では保護されない」と述べている。つまり「物語であれ、写真であれ、戯曲であれ、素晴らしい作品を自分のものだと思う者がいたとする。しかし、その者が第三者にそのアイディアを伝えただけで、作品の制作はその第三者によってなされたのであれば、アイディアの主が著作者として著作権を主張することはできない」との理由からである<ref name=UoDelhi-Donoghue>{{Cite web |url=http://lawfaculty.du.ac.in/files/course_material/Old_Course_Material/V%20Term%20Intellectual%20Property%20Right%20July%202016.pdf |title=Copyright {{!}} Donoghue v. Allied Newspapers, Ltd. (1937) 3 Ch. D. 503 |publisher=The University of Delhi |accessdate=2019-06-20}}</ref><ref name=IPIustitia-Donoghue>{{Cite web |url=https://www.ipiustitia.com/2013/12/retrospective-authorship.html |title=Retrospective - Authorship |first=Jani (英国弁護士) |last=Ihalainen |date=2013-12-04 |accessdate=2019-06-20}}</ref>。

=== オーストラリア ===
; {{仮リンク|ヴィクトリア・パーク・レーシング対テイラー裁判|en|Victoria Park Racing & Recreation Grounds Co Ltd v Taylor}} (58 CLR 479 at 498)
: {{仮リンク|ヴィクトリア・パーク競馬場|en|Victoria Park Racecourse, Sydney}}は高いフェンスで覆われていたが、私人のテイラーは自身の所有する土地に台を建て、無料で競馬レースが観戦できるようにした。その結果、競馬場の入場者と入場料収入が減少したため、運営会社のVPR社が不法侵入罪で提訴した。

: Latham 裁判長は1937年、たとえ損害が発生するとしても、景観には所有権はないとした。さらに、仮に競馬レースがテレビ放送された場合、著作権法上の公衆送信権に該当するとした。その上で、ある人がバスから転落しようが、ある馬が競馬レースで勝利しようが、最初にこれら事実を報道した人は、他の人が同じ事実を公表することを著作権法を用いて阻止することはできないと判示した<ref name=Victoria-Summary>{{Cite web |url=https://lawcasesummaries.com/knowledge-base/victoria-park-racing-recreation-grounds-co-ltd-v-taylor-1937-58-clr-479/ |title=Victoria Park Racing & Recreation Grounds Co Ltd v Taylor (1937) 58 CLR 479 |publisher=Law Case Summaries |accessdate=2019-06-20}}</ref><ref name=Victoria-Full>{{Cite web |url=http://www6.austlii.edu.au/cgi-bin/viewdoc/au/cases/cth/HCA/1937/45.html |title=Victoria Park Racing & Recreation Grounds Co Ltd v Taylor (1937) 58 CLR 479 |format=PDF |publisher=AustLIIHigh Court of Australia |accessdate=2019-06-20 |quote=''The law of copyright does not operate to give any person an exclusive right to state or to describe particular facts. A person cannot by first announcing that a man fell off a bus or that a particular horse won a race prevent other people from stating those facts. The Copyright Act 1912-1935 gives protection only to "original literary dramatic musical and artistic work..."''}}</ref>。


=== 日本 ===
イギリスの判例である Donoghue 対 Allied Newspapers Limited (1938) Ch 106 において、裁判所は、この概念を「絵画、戯曲、書籍のいずれかの手段で思想に形を与えた者」が著作権を有すると述べて説明した。オーストラリアの判例である Victoria Park Racing and Recreation Grounds Co. Ltd 対 Taylor (1937) 事件 58 CLR 479 at 498 において、 Latham 裁判長は、ある人がバスから転落したことを報道するという例を用いた。すなわち、最初にこの事実を報道した人は、他の人がこの事実を公表することを著作権法を用いて阻止することはできないというのである。
先述の通り、日本においてはアイディア・表現二分論が完全に確立されているわけではない。たとえば実用的デザインを例にとると、日本の判例では、著作権と[[意匠権]]の両方で原則保護されるという考え方と、これを否定する考え方が併存する。前者の例は、サーファーを描いてプリントした「Tシャツ事件」(東京地裁判決、昭和56年4月20日、無体集13-1-432および判時1007-91) と、「博多人形事件」(長崎地裁、昭和48年2月7日 無体例集5-1-18) である。後者の例としては「木目化粧紙事件」(東京高裁、平成3年12月17日 知的裁集 23-3-808) が挙げられる。前者は、単に量産できる商材であるから、あるいは意匠登録の可能性があるからという理由だけで著作権保護の対象から除外すべきでないと判示している{{Sfn|山本隆司|2008|pp=56}}。


== 関連項目 ==
==必然の一致 ''Scènes à faire''==
* [[産業財産権]]
一部の裁判所は、特定の思想をうまく表現するにはある要素又は背景を用いざるを得ないことを認めてきた。この原理を[[フランス語]]で ''Scènes à faire ''と言う。したがって、このような状況では表現であっても保護されないか、保護されるのは文字通りの丸写しのみに非常に限定されることになる。これはイギリス及びほとんどの[[イギリス連邦|コモンウェルス諸国]]に当てはまる。<ref>{{Cite book|last=Lai, Stanley|year=1999|chapter=Chapter V: The Position of ''Scenes a Faire'' in English Law|title=The Copyright Protection of Computer Software in the United Kingdom|location=Oxford, England|publisher=Hart Publishing|pages=54–56|isbn=978-1-84113-087-3}}</ref>
* [[著作物]]
* [[著作権法の判例一覧 (アメリカ合衆国)]]


== 註釈 ==
合衆国では、ある種の著作物においてはある種の背景要素が常にある、あるいは少なくともよくあることが認められている。例えば、 Walker 対 Time Life Films, Inc. 事件 784 F.2d 44([[合衆国控訴裁判所|第2巡回区控訴裁判所]]、1986年)において、同裁判所は、[[サウス・ブロンクス]]の警察官を描いた映画では、背景に酔っ払い、部品を盗まれた車、売春婦、ネズミが登場することは不可避であると述べた。 Gates Rubber Co. 対 Bando Chemical Industries 事件 9 F.3d 823(第10巡回区控訴裁判所、1993年)において、同裁判所は、ハードウェアの規格と機械的仕様、ソフトウェアの規格と互換性要件、コンピュータメーカーの設計規格、ターゲット業界の慣行や需要、コンピュータ産業におけるプログラミングの慣行は、コンピュータプログラムにおいては保護されない「必然の一致」であると判示した。ただし、サウス・ブロンクスの映画において「必然の一致」原理から外れるものが存在するように、この原理には限界がなければならない。ゴキブリ、ギャング、強盗は、やはりサウス・ブロンクスにおいては「必然の一致」かもしれないが、映画が「優しい心を持ったスラムの家主と、禅宗の門徒で車庫暮らしの警官、というところまで似ていれば間違いなくサウス・ブロンクスの『必然の一致』を超えるだろう。お約束の多いジャンルでも、何か可能な表現があるはずである」
{{Reflist|group="註"}}


==融合==
== 出典 ==
{{Reflist|30em}}
より広範な関連概念として、[[融合理論]](マージ理論)がある。思想の中には、明瞭に表現する方法が一つないし少数しかないものがある。たとえばゲームのルールがそうだ。<ref>''Morrissey対Proctor&Gamble Co.'' 、379 F 2 ''d'' 675(第1巡回区控訴裁判所、1967年)</ref>このような場合、表現とアイデアは分かちがたく融合し、したがって保護されない。<ref>''Data East USA、Inc。対Epyx、Inc。'' 、862 F.2d 204(第9巡回区控訴裁判所、1988年)を参照せよ。</ref>


== 参考文献 ==
合衆国の連邦裁判所の判例は、融合が侵害に対する抗弁を構成するのか、そもそも著作物該当性を阻却するのかで分かれているが、<ref>{{Cite web|title=Oracle Am., Inc. v. Google, Inc., 750 F.3d 1339, 1358 (Fed. Cir. 2014)|url=https://scholar.google.com/scholar_case?case=15197092051369647665&q=oracle+v.+google&hl=en&as_sdt=2006|accessdate=2019年4月30日|publisher=}}</ref>いずれにせよ、融合は[[著作権侵害]]に対する積極的抗弁としてよく申し立てられている。
* {{Cite book|和書|title=アメリカ著作権法の基礎知識 |edition=第2版 |author=山本隆司 |publisher=太田出版 |year=2008 |isbn=978-4-7783-1112-4 |ref=harv}}
* {{Cite book|和書|title=アメリカ著作権法 |last=Leaffer |first=Marshall A. |translator=牧野和夫 |series=LexisNexis アメリカ法概説 (5) |publisher=レクシスネクシス・ジャパン |origyear=2005 |year=2008 |isbn=978-4-8419-0509-0 |ref=harv}} - 原著 "''Understanding Copyright Law, 4th edition''" の日本語訳


== 関連文献 ==
==ルック・アンド・フィール(全体的印象)==
* [http://www.itlaw.jp/USCCLIV.pdf 米国著作権法の判例法理 マージ理論] (日本語) - 山本隆司 (1997年著)。上述の米国の主要判例の多くをカバーして解説しており、同作者の2008年書籍にも一部転載されている。
{{main|ルック・アンド・フィール}}
2013年8月、 [[ロビン・シック]]、[[ファレル・ウィリアムス]]、[[T.I.]]は、彼らの曲である「[[ブラード・ラインズ (曲)|ブラード・ラインズ]]」に関して[[マーヴィン・ゲイ]]の家族及び相続財産から訴訟を起こされた。ゲイの家族は、「ブラード・ラインズ」がマービン・ゲイの曲である "[[Got to Give It Up]]"の「フィーリング」と「音」とをまねたものだと主張していた(シックは、この曲を「ブラード・ラインズ」に影響を与えた作品をして名前を挙げていた。)。<ref name="thr-blurredripoff">{{Cite news|title=Robin Thicke Sues to Protect 'Blurred Lines' from Marvin Gaye's Family (Exclusive)|url=http://www.hollywoodreporter.com/thr-esq/robin-thicke-sues-protect-blurred-607492|newspaper=The Hollywood Reporter|accessdate=18 August 2013|first=Eriq|last=Gardner|date=August 15, 2013}}</ref> <ref>{{Cite news|url=http://www.latimes.com/entertainment/music/la-et-ms-blurred-lines-reaction-brian-wilson-bonnie-mckee-20150314-story.html#page=1|title=Brian Wilson, Bonnie McKee and others react to 'Blurred Lines' verdict – LA Times|first=Randy|last=Lewis|newspaper=[[Los Angeles Times]]|date=2015-03-14|publisher=[[Tribune Publishing]]|location=[[Los Angeles]]|issn=0458-3035|accessdate=14 March 2015}}</ref>2015年3月、裁判所は、同じコード、歌詞など著作物性のある要素を共有していないにもかかわらず、「ブラード・ラインズ」はそのフィーリングと音とをまねることで "Got to Give It" の著作権を侵害したと判定した。<ref> [http://www.leagle.com/decision/In%20FDCO%2020151203A30/Williams%20v.%20Bridgeport%20Music,%20Inc. ''Williams v. Bridgeport Music, Inc.'']</ref> <ref>この事案における法的問題を論じる動画として、 [https://www.youtube.com/watch?v=DgLCz0M6bF0 ''Blurred Lines Video''] 及び[https://law.duke.edu/news/obrien-16-honored-grammy-foundation/ 動画の記事版]を参照せよ。</ref>


{{著作権 (法学)}}
==注釈==
{{デフォルトソート:あいていあひようけんにふんろん}}
<references group="" responsive="1"></references>
[[Category:法理]]
[[Category:法理]]
[[Category:二分法]]
[[Category:二分法]]
[[Category:知的財産法]]
[[Category:知的財産法]]
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2019年6月29日 (土) 13:11時点における版

米国のアイディア・表現二分論は横割りなのに対し、日本は実用的な産業財と文化的な芸術品で分ける縦割りの発想が強い。

アイディア・表現二分論(あいでぃあ・ひょうげんにぶんろん、別称: アイディアと表現の二分法理、英語: Idea-expression dichotomyまたは英語: Idea-expression divide)とは、知的財産権に関する概念であり、創作物や発見などを産業財産権 (特許権商標権などの総称) と著作権のどちらで保護すべきかを切り分ける考え方の一つである。アイディア・表現二分論は、産業財産権の対象が「アイディア」そのもの (思想、概念や事実発見などを含む) とする一方、著作権の対象はアイディアの「表現」であると捉える法理である。

また、一括りにアイディアや表現と言っても、すべてが法的に保護されるわけではなく、一般社会によるアイディア利用の自由が優先し、特許権や著作権の権利者による独占が制限されることがある。さらに、創作物や発見の中には、それがアイディアなのか表現なのか、完全に分離するのが難しいものも存在する。その際には、アイディア・表現二分論から派生した「マージ理論」(英語: Merger doctrine) や「ありふれた情景の理論」(フランス語: Scènes à faire) が適用される。

アイディア・表現二分論とその付随理論は、主に欧米の著作権法や裁判所による判例で採用されているものの、日本の著作権法には完全に適用されていない。

定義と意義

コンピュータ・プログラムの一つであるインターネットの検索エンジンを例にとると、プログラムのアルゴリズムや基本設計、つまり検索キーワードに基づき、どのサイトを検索結果に含める・含めないかや、検索表示順を決めるロジックは「アイディア」であり[1]、新たに発見するものであることから、当局に申請すれば特許が認められうる。しかし、その検索エンジンの使い方を示したフローチャートなどの説明文書は、アイディアに基づく「表現」でしかない[1]。仮にその検索エンジンAを第三者が不正盗用し、類似の検索エンジンBを創作した場合、何をどこまで盗用したのかによって、特許権と著作権のどちらを (または両方を) 侵害したことになるのかが異なることから、裁判で適用される法律も変わってきてしまう。

つまりアイディア・表現二分論では、実用的な商材なのか芸術的な商材なのか、といったモノの属するジャンルは問われない。しかし日本では、経済産業省 (特許庁) 対 文部科学省 (文化庁著作権課) という行政組織の縦割りにより、産業の技術は特許法で、文化的な芸術は著作権法でそれぞれ守られている。したがって、階層的な横割りのアイディア・表現二分論とは発想が異なる[2]

アイディア・表現二分論は、発明や創作物がどの程度の「公共性」を持っているかによって、高い順に「抽象的アイディア」「具体的アイディア」「アイディアの『表現』」の3階層に分類する。公共性が最も高い抽象的アイディア (たとえば化学の基礎知識) は、社会利用を促進する観点から、アイディア自由の原則が適用され、特許権や著作権での法的保護は認められない。しかし、それが具体的なアイディア (化学知識に基づいた新薬の開発) になると、申請条件を満たしていれば特許が認められ、新薬の開発者を動機づけるため、特許保有者以外は一定の期間、その新薬を製造・販売できなくなる。さらにその新薬に関する科学論文や、新薬を飲んだ患者の体験本は、アイディアの「表現」であることから、その執筆者には著作権が認められる[3]

なぜ公共性という概念で分類するのかを考察する上で、アイディア・表現二分論が発達している米国の「産業政策理論」と呼ばれる考え方が重要になってくる。これは、モノの発明者や創作者に対し、政府が法律によって独占的な権利を無制限に与えたり、私的な恩恵を与えるのではなく、発明者や創作者を一定の期間に限って動機付け、期限が切れた後はその天才たちの成果物を社会が利用できるようにすることで、公共の利益を達成しようという発想である。さらにその背景には、競争の自由を阻害する市場の独占は悪であり、これに対する警戒心が強いという思想がある[4]

つまり、特許権であれ著作権であれ、権利者に一定の独占を認めている。しかし、その独占の強さに違いがあるため、アイディアと表現を切り分け、過度な独占につながらないよう制御する必要がある。ここでの独占の強さの違いであるが、世界の多くの国々の著作権法では、著作物が創作された時点で、自動的に著作権が発生する「無方式主義」を採用している[註 1]。一方、特許や商標などの産業財産権は、権利者の独占が著作権より強い分、政府当局に申請して許可されなければ、その権利が認められない「方式主義」である。仮にアイディアと表現を明確に切り分けず、容易に権利が認められる著作権を笠にして、アイディアそのものまで広く独占保護を求める者が出てくると、アイディア自由の原則がないがしろにされたり、特許手続の抜け道として著作権保護が悪用されるおそれがある。したがって、アイディア・表現二分論には、著作権で保護される範囲を制限するという側面がある[6]

マージ理論

アイディアと表現を切り分けるのが理想である。しかし、ある表現を使用しなければ、その大元にあるアイディアも使用できないほどに結合 (マージ、merge) が強い場合、アイディア自由の原則と表現の保護という二つの考え方は両立できなくなる。この際、アイディア自由の原則を優先し、著作権による保護は制限されるという考え方がマージ理論である[7]。マージ理論が適用されたリーディング・ケースとしては、後述する1879年のアメリカ合衆国最高裁判決「ベーカー対セルデン裁判英語版」(101 U.S. 99) と、1971年の第9巡回区控訴裁判決「ハーバート・ローゼンタール・ジュエリー対カルパキアン裁判」(446 F.2d 738) が知られている。

ありふれた情景の理論

(狭義の) マージ理論を発展させたものとして、「ありふれた情景の理論」(フランス語でScènes à faire、英語圏でもフランス語がそのまま使用される) がある。マージ理論はアイディアと表現が1対1 (ないしごく限られた数) で結合しているのに対し、ありふれた情景の理論は1対Nであり、かつNの中でもお決まりの表現が一つに定まるケースである。このような場合、お決まり、つまり平凡な表現は著作権保護されないという考え方である[8]。ありふれた情景の理論に関するリーディング・ケースとしては、後述する1988年のアメリカ合衆国第9巡回区控訴裁判決「データイースト対エピックス裁判英語版」(862 F.2d 204) がある。

ここで注意すべきは、単に平凡な表現だからと言って、それだけを理由に法的に保護されないわけではないことである。アイディア自由の原則がまず優先的にあり、表現の保護によって大元となるアイディアまで利用を制限されてはならないからこそ、(狭義の) マージ理論もありふれた情景の理論も導き出されている。したがって平凡な表現であっても、アイディアとの結合 (マージ) が認められなければ、著作権法上で保護される[8]

なお、ありふれた情景の理論は、文学や映像などの芸術性や物語性を主に対象とし、「混同法理」はコンピュータ・プログラムなどの実用的な著作物を対象として使い分けるべきとの主張もあるが[9]、両者は密接に関係し、法廷では混同法理のこともありふれた情景の理論と呼ばれることが多い[9]

各国の適用状況

アメリカ合衆国

アイディア・表現二分論は、合衆国法典第17編 (17 U.S.C.) に収録された、米国著作権法上の第102条(b)項で明文化されている。しかし米国では立法府による制定法より、司法府による判例法に重きを置いていることから、著作権法上で明文化される以前から、アイディア・表現二分論は司法判断で用いられてきた。

ベーカー対セルデン裁判英語版 (Baker v. Selden, 101 U.S. 99 (1879))
会計の簿記に関する書籍を巡って争われた裁判であり、1879年の最高裁判決文は多くに引用されている。セルデンは自著数冊の中で、簿記の改良手法について解説している。しかし、著作は商業的なヒットには至らなかった。セルデンの書から数年後、ベーカーが類似の簿記手法について記し、こちらは全米広域にわたって好調な売れ行きを記録した。セルデンの死後、相続人である妻がベーカーを相手取って著作権侵害で提訴したのが本件である。一審のオハイオ地方裁は、二者の著作物が酷似していることから、著作権侵害を認めて終局的差止命令を出した。しかし最高裁では、セルデンの簿記手法そのものに著作性はなく、簿記手法を表現した書籍にのみ著作性を認めた。また、簿記手法に独占的権利を主張するには、著作権法ではなく特許法の範疇で議論すべきと判示した[10]
同裁判ではまた、「薬の組成や使用方法について書かれた論文や、耕作用具の作成と使用方法について書かれた論文などは、著作権法の対象となる。しかしその論文に書かれた内容の新規性 (誰が最初に発見したか) と、著作権はまったくの無関係である。そして新規性は特許庁によって審査された上で、独占性が認めなければならない。このような審査手続を経ずに独占性が認められると、他者にとって不意打ちとなってしまう」との主旨を述べている[11][12]
ハーバート・ローゼンタール・ジュエリー対カルパキアン裁判 (Herbert Rosenthal Jewelry Corporation v. Kalpakian, 446 F.2d 738 (9th Cir. 1971))
1971年の第9巡回区控訴裁判決である。原告・被告ともに宝飾メーカーであり、原告ハーバート・ローゼンタールは、宝石に金をあしらったミツバチ型の宝飾ピンを著作権登録済みであった。被告カルパキアンが類似デザインのピンを商品化したことから、ハーバート・ローゼンタールが著作権侵害で提訴した。裁判所は、カルパキアンは自然界のミツバチを研究してデザインしており、両社とも実物のミツバチに似てはいるものの、カルパキアンがハーバート・ローゼンタールを真似たわけではないとして、類似性の訴えを棄却した[13]
この判決では、特許権と著作権の違いについても言及されている。被告には、原告の商品の「アイディア」から学ぶ自由があるものの、アイディアの「表現」を盗むことはできないと指摘した。その上で、このケースではアイディア (ミツバチ型のピンを作る発想) とその表現 (出来上がったピンのデザイン) が不可分であることから、表現を模倣しても著作権侵害に当たらないと判示した[13]。これはベーカー対セルデン裁判でも判示されたように、アイディアと表現が結合していて切り離せない場合、表現に市場独占権を与えてしまうと、特許権で保護されるべきアイディアにまで影響が及んでしまう。しかし、特許権なしに市場を独占する権利を著作権者に与えるために、連邦議会は著作権法を制定しているわけではないため、ミツバチ型ピンのデザインを模倣しても著作権侵害には当たらないとされる[7]
データイースト対エピックス裁判英語版 (Data East USA, Inc. v. Epyx, Inc., 862 F.2d 204 (9th Cir. 1988))
ありふれた情景の理論のなかでもルック・アンド・フィールに関連する、1988年の第9巡回区控訴裁判決である。日本のデータイースト社はゲームセンターのアーケードゲームや家庭用ゲームに作品を提供するゲームメーカーである。1984年に日本で「空手道」をリリースし、米国を含む日本国外では「カラテチャンプ」(Karate Champ) の名称で流通していた。翌年1985年には、イギリスのシステムⅢソフトウェア社が「International Karate」をリリースし、米国市場向けの開発および販売は、ライセンス契約に基づいてカリフォルニア州企業のエピックス社が担っていた。1986年、海軍バージョンの「World Karate Champion」を発売した。白と赤の空手着を身にまとった対戦相手、主審による勝者宣言、対戦ごとに異なる背景シーン、ボーナス・フェーズなどの設定が似ているとして、データイーストがエピックスを提訴した。一審では著作権侵害を認め、終局的差止命令を出したが、二審の控訴裁ではこれを覆している。その理由として、与えられたアイディアから必然的に発生する標準的な表現にまで、著作権の保護を与えられないとしている[14][15]
ハーパー & ロー対Nation誌裁判 (Harper & Row v. Nation Enterprises, 471 U.S. 539 (1985))
出版大手ハーパー & ロー (現ハーパーコリンズ) がフォード元大統領の未発表回想録の出版権を獲得したものの、雑誌『Nation』が引用して先行報道した争いである[16]。最高裁は1985年、元原稿から逐語的に引用されたのは、計20万語のうちわずか300語だったが、その内容が決定的な箇所だと指摘した。また、「著作権におけるアイディア・表現二分論は、事実の自由な伝達を許す一方で、著作者の表現を保護することによって、憲法修正第1条著作権法との定義上のバランスをとる」と判示した[17]
メイザー対スタイン裁判英語版 (Mazer v. Stein, 347 U.S. 201 (1954))
実用品デザインの著作権保護を巡るリーディング・ケースとして知られる。本件以前は、実用品デザインを著作権法で保護できるのか、それとも意匠特許法でしか保護されないのか、判然としなかった。本件では、卓上ランプを模倣したとして著作権侵害が問われた。原告の卓上ランプの台には、バリ島のダンサー男女の像が用いられていたことから、実用品の機能面としてのランプには著作権性はないが、ダンサー像には著作権性があるとして、最高裁は1954年、著作権侵害を認めた。「特許とは異なり、著作権は公開された技術に対して排他的権利を与えるものではない。保護が与えられるのは思想の表現に対してのみであって、思想そのものに対してではない」と判示している[18]。さらに最高裁は、美しい流線型のチェアは著作権保護が認められないと例示している。その違いであるが、実用性の表現と芸術性の表現が分離できるか否かである。本件における卓上ランプの場合は、ランプの柄の部分にダンサーの像がついており、そのダンサー像だけ取り出して純粋美術としての立像を創作できることから、著作権保護されると判示された[19]。この物理的な分離性について別の例を挙げると、英国車ジャガーのボンネットについている、ジャガーのマスコット彫刻は分離可能なため、著作権保護されるとも説明されている[20]
本件以降も、旧式電話機型の鉛筆削り、犬形の貯金箱といった量産型の商材や、繊維製品のグラフィックデザインにまで著作権性が認められる判決が続いている[註 2][18]
スター・アスレティカ対ヴァーシティ・ブランズ裁判英語版 (Star Athletica, LLC v. Varsity Brands, Inc., 580 U.S. 15-866 (2017))
スポーツ・アパレル企業同士の訴訟である。メイザー判決が物理的な分離性について言及したのに対し、本件では概念的な分離性が問われた。チアリーディングのユニフォームデザイン (縞・ジグザグ・逆さV字模様など) が似ているとして大手ヴァ―シティ社がスター社を提訴した。これに対しスターは、実用品向けのデザインのため著作権は発生しないとして、マージ理論とフェアユース (公正利用) で抗弁したものの、最高裁はヴァーシティのデザイン独創性を認め、抗弁を棄却した。
この判決では、ユニフォームの装飾デザインと、衣類繊維は物理的に分離できないものの、概念的に分離可能であるとし、その具体的な判断基準を5点示した。(1) 著作権法第102条が定めるところの「絵画・図形・彫刻の著作物」に該当するか、(2) 第101条の定義で定められた、実用的デザイン (useful article) か、(3) その実用的側面とは何か、(4) デザインを見る者が (1) の特徴と (3) の側面を分離して識別できるか、(5) さらに分離識別できるだけでなく、独立して存在できる特徴を有しているか、の5点である[20]
モリシー対P&G裁判 (Morrissey v. Procter & Gamble Co., 379 F.2d 675 (1st Cir. 1967))
第1巡回区控訴裁が1967年に下したこの判決は、「混同法理」のリーディング・ケースである。混同法理とは、大元のアイディア (システム、プロセス、操作方法を含む) を表現する方法が事実上1つしかない場合、アイディアと表現は「混同した」とみなされ、著作権保護は認められないとする解釈である。混同法理は、先述のベーカー対セルデン裁判の判示に依拠する。ベーカー対セルデン裁判では、アイディアを利用するにあたって、作品の複製を必要とする場合は、その複製行為は著作権侵害にあたらないとしている。一方で、複製せずともアイディアの解釈だけで済むならば、複製は著作権侵害となる[21]
モリシーは販売促進用の宝くじの企画を運営していたが、その運用方法がP&G主催の宝くじと類似しているとして提訴した裁判である。その運用方法とは、応募者が氏名、住所、社会保障番号などを記入する必要があるというものである[22][23]。販促用の宝くじのように、既にくじの引き方というアイディアが枯渇しているものにまで独占的な権利を与えてしまっては、社会的な損失になると考えられている[21]
ウォーカー対タイム・ライフ・フィルムズ裁判 (Walker v. Time Life Films Inc., 784 F.2d 44 (2d Cir. 1986))
ありふれた情景の理論の判例である。1976年出版・ウォーカー著『Fort Apache』が、1981年映画『アパッチ砦・ブロンクス』 (原題: Fort Apache, The Bronx) に盗用されたとして提訴した。両作とも、黒人と白人警官の死亡事件で始まり、闘鶏、飲酒、部品を盗まれた車、売春、ネズミが登場する。第2巡回区控訴裁は1986年、これらのシーンはニューヨーク州サウス・ブロンクスでたびたび報道されている事実であり、その設定に著作物性はないとした[24]
ゲイツ・ラバー対バンドー化学裁判英語版 (Gates Rubber Company v. Bando Chemical Industries, Ltd., et al, 9 F.3d 823 (10th Cir. 1993))
機械用ベルト製造の競合同士の争いである。同業界では全米で主力のゲイツ社は、個々の機械に合ったベルト製品を適切に選んで効率的に販売するため、さまざまな変数を考慮して計算できるソフトウェアを開発し、合衆国著作権局に著作権登録を済ませていた。ところが、このソフトウェアに関する詳細設計やソースコードなどを元ゲイツ従業員が持ち出し、転職先のバンドー (日系企業の米国支部) で類似ソフトウェアを開発した。これを受け、不正競争防止法違反、企業秘密の不正流用および著作権侵害でゲイツがバンドーを提訴した[25]。本件では著作権法上の実質的類似性英語版を検証する上で、抽象化・排除・比較テスト英語版 (別称: 3ステップ・テスト) の手法を確立させたとして知られている[26][27]
第10巡回区控訴裁は1993年、ハードウェアの規格と機械的仕様、ソフトウェアの規格と互換性要件、コンピュータメーカーの設計規格、ターゲット業界の慣行や需要、コンピュータ産業におけるプログラミングの慣行は、コンピュータプログラムにおいては保護されない「ありふれた情景の理論」に該当すると判示した[25]
Oracle対Google裁判英語版 (Oracle America, Inc. v. Google, Inc., 2019年1月時点で係争中)
企業買収によってJava APIの権利を獲得したOracleが、同技術をモバイル用OSのAndroidに利用されたとして、Googleを特許権および著作権侵害で提訴し、約1兆円相当の損害賠償を求めた裁判である。一審では陪審と裁判所で著作権性を認めるかで意見が分かれたが、二審では著作権侵害を認めている。2019年1月、Googleは最高裁に上訴している[28][29][30][31]
ウィリアムス対ブリッジポート・ミュージック裁判 (Williams v. Bridgeport Music, Inc.)
ルック・アンド・フィールに関する判例である。2013年8月、 ロビン・シックファレル・ウィリアムスT.I.は、彼らの曲である「ブラード・ラインズ」に関してマーヴィン・ゲイの家族及び相続財産から訴訟を起こされた。ゲイの家族は、「ブラード・ラインズ」がマービン・ゲイの曲である "Got to Give It Up"の「フィーリング」と「音」とをまねたものだと主張していた(シックは、この曲を「ブラード・ラインズ」に影響を与えた作品をして名前を挙げていた)[32] [33]
2015年3月、裁判所は、同じコード、歌詞など著作物性のある要素を共有していないにもかかわらず、「ブラード・ラインズ」はそのフィーリングと音とをまねることで "Got to Give It" の著作権を侵害したと判定した[34][35]。その後の2019年1月には、最終的に約500万米ドルで賠償金の金額が確定した[36]

欧州連合

欧州連合 (EU) では、加盟各国の著作権法の保護水準を揃える目的から、著作権に関する数々のEU指令が出されている。EU指令が出されてから一定期間以内に、国内著作権法を必要に応じて改正するなどの義務をEU加盟国は負っている。著作権関連のEU指令の中で、コンピュータ・プログラムの法的保護に関する指令英語版 (91/250/EEC) の第1.2条では、コンピュータ・プログラムの何らかの要素の基礎となる思想及び原理(操作系の基礎となるものを含む)を著作権から明示的に除外している[37][38]

SAS Institute対ワールド・プログラミング裁判英語版 (SAS Institute Inc v. World Programming Ltd)
ワールド・プログラミング社のソフトウェア製品WPS英語版SASの製品に類似しているとして、SASは製品およびマニュアル類の著作権侵害で提訴した。リバース・エンジニアリングによってSAS製品を解読したとSASは主張していた[39]
本件はイングランド・ウェールズ高等裁判所英語版が担当したが、司法判断にあたり、EU法の最高裁にあたる欧州司法裁判所[要リンク修正] (CJEU) に意見を求めている。これに対し、CJEUは次のように述べている。「コンピュータプログラムの機能を著作権で保護できることを認めれば、思想を独占することが可能となり、技術の進歩及び産業の発展に対してマイナスになるであろう」[40]

イギリス

ありふれた情景の理論が想定するシチュエーションにおいて、イギリス及びほとんどのコモンウェルス諸国では、表現であっても保護されないか、保護されるのは文字通りの丸写しのみに非常に限定されている[41]

ドノヒュー対アライド新聞社裁判 (Donoghue v. Allied Newspapers Limited)
共同著作者の定義と、アイディア・表現二分論が問われた裁判である。プロのジャーナリストS. T. フェルステッドが、当時世界的に活躍していた競馬騎手のステファン・ドノヒューに対してインタビューを実施し、新聞「The News of the World」にドノヒューの特集記事が複数掲載された。掲載前に、記事の内容すべてにドノヒューは合意をしている。さらにフェルステッドは、焼き直してコンパクト化した上で、別の新聞「Guides and Ideas」への記事掲載を試みた。しかし、この編集著作物についてはドノヒューは事前に感知しておらず、新聞社に対して出版差止を求めた裁判である。本件では、インタビューを受けたドノヒューが共同著作者として認められるかが争点となった[42]
1938年、ファーウェル判事は「アイディアは著作権では保護されない」と述べている。つまり「物語であれ、写真であれ、戯曲であれ、素晴らしい作品を自分のものだと思う者がいたとする。しかし、その者が第三者にそのアイディアを伝えただけで、作品の制作はその第三者によってなされたのであれば、アイディアの主が著作者として著作権を主張することはできない」との理由からである[43][42]

オーストラリア

ヴィクトリア・パーク・レーシング対テイラー裁判英語版 (58 CLR 479 at 498)
ヴィクトリア・パーク競馬場英語版は高いフェンスで覆われていたが、私人のテイラーは自身の所有する土地に台を建て、無料で競馬レースが観戦できるようにした。その結果、競馬場の入場者と入場料収入が減少したため、運営会社のVPR社が不法侵入罪で提訴した。
Latham 裁判長は1937年、たとえ損害が発生するとしても、景観には所有権はないとした。さらに、仮に競馬レースがテレビ放送された場合、著作権法上の公衆送信権に該当するとした。その上で、ある人がバスから転落しようが、ある馬が競馬レースで勝利しようが、最初にこれら事実を報道した人は、他の人が同じ事実を公表することを著作権法を用いて阻止することはできないと判示した[44][45]

日本

先述の通り、日本においてはアイディア・表現二分論が完全に確立されているわけではない。たとえば実用的デザインを例にとると、日本の判例では、著作権と意匠権の両方で原則保護されるという考え方と、これを否定する考え方が併存する。前者の例は、サーファーを描いてプリントした「Tシャツ事件」(東京地裁判決、昭和56年4月20日、無体集13-1-432および判時1007-91) と、「博多人形事件」(長崎地裁、昭和48年2月7日 無体例集5-1-18) である。後者の例としては「木目化粧紙事件」(東京高裁、平成3年12月17日 知的裁集 23-3-808) が挙げられる。前者は、単に量産できる商材であるから、あるいは意匠登録の可能性があるからという理由だけで著作権保護の対象から除外すべきでないと判示している[46]

関連項目

註釈

  1. ^ 著作権の基本条約であるベルヌ条約で無方式主義を採用しており、ベルヌ条約の締結国は2019年6月時点で世界180ヶ国以上に上る[5]
  2. ^ 鉛筆削りはTed Arnold Ltd. v. Silvercraft Co. (259 F.Supp 733 (S.D.N.Y. 1956))、貯金箱はRoyalty Designs, Inc. v. Thrifticheck Serv. Corp. (204 F.Supp 702 (S.D.N.Y. 1962))、繊維製品はPeter Pan Fabrics, Inc. v. Martin Weiner Corp. (274 F.2d 489 (2nd Cir. 1960)) などが挙げられる。

出典

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参考文献

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関連文献