物部尾輿

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物部尾輿・『前賢故実』より

物部 尾輿(もののべ の おこし、生没年不詳)は、6世紀半ばの豪族安閑欽明両天皇の頃の大連。父は物部荒山。子に物部守屋太媛などがいる。

安閑天皇元年(531年)、廬城部枳莒喩(いおきべのきこゆ)の娘が尾輿の首飾りを盗み、皇后春日山田皇女に献上した事件が発覚し、この事件とのかかわりを恐れた尾輿は、皇后に配下の部民を献上した。欽明天皇が即位した際に、大連に再任されている。欽明天皇元年(539年)、大伴金村任那4郡を百済に割譲したことを非難し、金村を失脚させて、政界から引退させた。欽明天皇13年(552年[1]聖王(聖明王)から仏像や経典などが献上された時(仏教公伝)には、中臣鎌子とともに廃仏を主張し、崇仏派の蘇我稲目と対立した。

脚注[編集]

  1. ^ 『日本書紀』

関連項目[編集]