牧野元次郎

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牧野 元次郎(まきの もとじろう、1874年2月17日 - 1943年12月7日)は、日本の実業家不動貯金銀行(のちの協和銀行りそな銀行)創業者・元頭取。定期積金を考案し業績を拡大させ「貯金王」などと呼ばれた。

人物[編集]

千葉県君津市出身。1892年高等商業学校(のちの一橋大学)中退。

1900年不動貯金銀行設立、 1904年頭取就任。

当初「不動貯金」(据置貯金。現在の定期預金だが期間が超長期のもの。)や「出世貯金」(抽選で利子を先払いする貯金)を考案したが失敗。

1901年に「三年貯金」(のち「ニコニコ貯金」の名称で普及した。現在の定期積金)を考案し、開始。外務員が預金者を勧誘、毎回に訪問して掛け金を集金し、急な払い戻しにも応じるサービスが受け、業績が拡大。不動貯金銀行は大黒信仰を基にした「ニコニコ主義」をモットーに日々の貯蓄の重要性を外務員を通じて預金者に説いた牧野の経営手腕により、全国規模で最大手の貯蓄銀行となった[1]

1930年の共立女子薬学専門学校(のちの共立薬科大学慶應義塾大学薬学部)設立にもかかわる。

1941年相談役に退き、1943年死去。死後、牧野の偉業を讃え、毎年芝大神宮で貯金祭が開催されている。

脚注[編集]

  1. ^ 1987/09/20, 日本経済新聞、1982/10/17, 日本経済新聞