片岡聡一

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片岡 聡一
かたおか そういち
生年月日 (1959-08-02) 1959年8月2日(60歳)
出生地 日本の旗岡山県総社市
出身校 青山学院大学法学部
前職 行政改革・沖縄北方担当大臣秘書官
内閣総理大臣 公設第一秘書
所属政党 無所属

Emblem of Sōja, Okayama.svg 第2代 総社市長
当選回数 3回
在任期間 2007年10月14日 - 現職
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片岡 聡一(かたおか そういち、1959年8月2日 - )は、日本政治家岡山県総社市長(3期)。

経歴[編集]

  • 2014年(平成26年)- 3月1日、歌手の相川七瀬の仲介で「赤米伝統文化交流協定」を対馬市南種子町と結ぶ[2]
  • 2015年(平成27年) - 3選。
  • 2017年(平成29年) -6月、全国市長会 経済部委員長に就任。
  • 2017年(平成29年)-8月、全国空き家対策推進協議会 会長に就任

2005年総社市長選挙

地元からの要望に応え、21年仕えた橋本龍太郎元首相の秘書の職を辞し、合併後の初代市長を選ぶ総社市長選挙に無所属で立候補したが、事実上の現職であった旧総社市長の竹内洋二に70票差という大接戦の末に敗れ落選。

※平成17年(2005年)4月17日投開票

2007年総社市長選挙

2007年9月、入札業者選定関与問題をめぐり、市議会百条委員会設置や市民団体による市長解職請求(リコール)運動が行なわれるという混乱の中で竹内市長が辞職。これに伴い翌月14日に実施された総社市長選挙は70票差で敗れた前回2005年と同じ顔合わせによる一騎打ちとなったが、市政混乱収拾を期待する保守層や無党派層へも支持を広げた片岡が約8,700票の大差で初当選。

※平成19年(2007年)10月14日投開票

人物[編集]

  • 趣味はピアノ、ギターの弾き語り、マラソン、料理。
  • 学生時代にイタリアンレストランでアルバイトしており、料理が得意。
  • 「そうじゃ吉備路マラソン」をはじめ、フルマラソンを9回完走しており、トレーニングのために総社市内を走る姿が日常的に目撃される。

脚注[編集]

  1. ^ 障がい者が自立すれば、みんなが元気になれる 国にNO!を突き付けた岡山県総社市長の戦い(上)
  2. ^ 南種子町、赤米縁に交流 長崎県対馬市、岡山県総社市と協定”. 南日本新聞 (2014年3月7日). 2014年5月3日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

先代:
竹内 洋二
Emblem of Sōja, Okayama.svg 岡山県総社市長
第2代 2007年 -
次代:
(現職)