熊毛郡 (鹿児島県)

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鹿児島県熊毛郡の位置(1.中種子町 2.南種子町 3.屋久島町 薄緑:後に他郡から編入した区域)

熊毛郡(くまげぐん)は、鹿児島県大隅国)にある

人口26,060人、面積788.02km²、人口密度33.1人/km²。(2017年5月1日、推計人口

以下の3町を含む。

郡域

1879年明治12年)に行政区画として発足した当時の郡域は、上記3町に西之表市を加えた区域にあたる。

歴史

近世以降の沿革

西之表村、国上村、現和村、安城村、住吉村、納官村、増田村、野間村、油久村、坂井村、平山村、茎永村、中之村、西之村、島間村、安納村[1]、古田村[1]
  • 明治12年(1879年2月17日 - 郡区町村編制法の鹿児島県での施行により、行政区画としての熊毛郡が発足。「鹿児島郡役所」が管轄。
  • 明治13年(1880年) - 納官村の一部(牧川)が分立して牧川村となる。(18村)
  • 明治15年(1882年) - 油久村の一部(田島・阿高磯)が分立して田島村となる。(19村)
  • 明治17年(1884年) - 国上村の一部が分立して伊関村となる。(20村)
  • 明治18年(1885年
  • 明治19年(1886年11月13日 - 大島島庁種子島出張所の管轄となる。

町村制以降の沿革

1.北種子村 2.中種子村 3.南種子村 11.上屋久村 12.下屋久村(紫:屋久島町 青:合併なし 上屋久村所属の口之永良部島は省略)
  • 明治22年(1889年
    • 4月1日 - 町村制の施行により、以下の各村が発足。(3村)
      • 北種子村 ← 西之表村、住吉村、国上村、伊関村、現和村、安城村、安納村、古田村(現・西之表市)
      • 中種子村 ← 野間村、納官村、油久村、増田村、牧川村、田島村、坂井村(現・中種子町)
      • 南種子村 ← 茎永村、島間村、西之村、平山村、中之村(現・南種子町)
    • 4月20日 - 郡役所が西之表村に設置され、馭謨郡とともに管轄。
  • 明治29年(1896年)4月1日 - 郡制の施行のため、熊毛郡役所の管轄区域をもって、改めて熊毛郡が発足。上屋久村下屋久村(現・屋久島町)が本郡の所属となる。(5村)
  • 明治30年(1897年)4月1日 - 郡制を施行。
  • 大正12年(1923年)4月1日 - 郡会が廃止。郡役所は存続。
  • 大正15年(1926年
    • 4月1日 - 北種子村が町制施行・改称して西之表町となる。(1町4村)
    • 7月1日 - 郡役所が廃止。以降は地域区分名称となる。
  • 昭和15年(1940年11月10日 - 中種子村が町制施行して中種子町となる。(2町3村)
  • 昭和31年(1956年10月15日 - 南種子村が町制施行して南種子町となる[2]。(3町2村)
  • 昭和33年(1958年
  • 昭和34年(1959年)4月1日 - 下屋久村が改称して屋久村となる[5]。屋久村が即日町制施行して屋久町となる[6]。(4町)
  • 平成19年(2007年10月1日 - 上屋久町・屋久町が合併して屋久島町が発足[7]。(3町)

変遷表

脚注

  1. ^ a b 記載なし。
  2. ^ 1956年(昭和31年)10月15日総理府告示第844号「村を町とする処分」
  3. ^ 1958年(昭和33年)4月1日総理府告示第156号「村を町とする処分」
  4. ^ 1958年(昭和33年)9月30日総理府告示第333号「町を市とする処分」
  5. ^ 1959年(昭和34年)3月30日総理府告示第121号「村の名称変更」
  6. ^ 1959年(昭和34年)3月30日総理府告示第122号「村を町とする処分」
  7. ^ Wikisource reference 2007年(平成19年)4月16日総務省告示第245号. 町の廃置分合 (平成19年総務省告示第245号). - ウィキソース. 

参考文献

関連項目