熊本洋学校教師館ジェーンズ邸

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熊本洋学校教師館ジェーンズ邸
ジェーンズ邸
ジェーンズ邸(2013年2月撮影)
熊本洋学校教師館ジェーンズ邸の位置(熊本市内)
熊本洋学校教師館ジェーンズ邸
情報
旧用途 邸宅
階数 地上2階
竣工 1871年
解体 2016年(倒壊)
所在地 862-0956
熊本県熊本市中央区水前寺公園22−16
座標 北緯32度47分26.5秒 東経130度44分14.2秒 / 北緯32.790694度 東経130.737278度 / 32.790694; 130.737278座標: 北緯32度47分26.5秒 東経130度44分14.2秒 / 北緯32.790694度 東経130.737278度 / 32.790694; 130.737278
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2016年4月16日の熊本地震で崩壊したジェーンズ邸
有栖川宮熾仁親王から博愛社設立の許可を受ける佐野常民

熊本洋学校教師館ジェーンズ邸(くまもとようがっこう きょうしかん ジェーンズてい)は、熊本県熊本市中央区にあった歴史的建造物。

熊本藩が明治4年(1871年)に古城(ふるしろ、現:熊本市中央区新町)に熊本洋学校を開設した際に招いたアメリカ人教師リロイ・ランシング・ジェーンズのために造らせた邸宅。長崎から招いた大工が造った。コロニアル風木造2階建てで、柱頭にはブドウの図柄を刻み、形式は大阪泉布観(せんぷかん、国の重要文化財)とよく似ている。明治9年(1876年)洋学校は閉鎖された。西南戦争で焼け残り、県の官舎となった。その後、有栖川宮熾仁親王(ありすがわのみやたるひとしんのう)の宿舎にあてられた。ここで、佐野常民博愛社の創設が許可されたので、日本赤十字の発祥の記念ともなっていた。後に熊本市中央区水前寺に移築保存されていた[1]

2016年(平成28年)4月14日に発生した熊本地震の前震により建物の壁が崩落する被害に遭い、同月16日未明の本震で建物が倒壊した[2]。熊本市は建物の修復は困難としている[3]。しかし、地震後初の保存修理検討委員会が現地を開き、2020年度の再建再開を目指して5億円をかけ復旧を図る方針を了承した[4]

2017年(平成29年)3月に熊本県立大学がジェーンズ邸復興プロジェクトを始動、熊本地震で被災した文化財を「ペーパークラフトを作って、知って、そして救おう!」をテーマに再建の支援を行う[5]

リロイ・ランシング・ジェーンズについて[編集]

リロイ・ランシング・ジェーンズ(Leroy Lansing Janes、1838年3月27日 - 1909年3月27日)は、アメリカ陸軍の軍人。退役後は日本で熊本洋学校を設立し、熊本バンドの礎を築いた。L.L.ジェーンズと表記されるのが一般的で、L.L.ジェインズとも表記される。明治時代日本では善斯(ゼンス)と呼ばれた。

ジェーンズ邸の変遷[編集]

明治19年(1886年)熊本県庁と共に新南千反畑に移され、物産館事務所や日赤熊本県支部となっていた。昭和20年(1945年)の戦災にも焼失を免れたが日赤の改築に伴って熊本市が譲り受け、昭和45年(1970年)に水前寺公園に移築して、一般に公開している。

参観案内[編集]

  • 交通アクセス:公共交通機関: JR新水前寺駅下車そこから
    • 新水前寺駅前駅(熊本市電 健軍町行)市立体育館前駅へ 目的地まで歩く(500 m)所要時間目安:12分
  • 自動車利用の場合:
    • 熊本インターから熊本市街方面へ、県道28号線に入り市立体育館前電停を過ぎて最初の交差点を左折
  • 住所:〒862-0956 熊本市中央区水前寺公園22-16
  • 料金:高校生以上200円、小・中学生100円 30人以上の団体2割引
  • 営業時間:9時30分 - 16時30分
  • 休日:月曜(月曜日が祝日の場合は翌火曜日が休館)、12月29日 - 1月3日
  • 駐車場:10台、マイクロバス等は駐車できない 無料

脚注[編集]

  1. ^ 熊本県大百科事典[1982:849]
  2. ^ 明治4年の西洋建築 「ジェーンズ邸」が倒壊 - NHK、2016年4月16日、同日閲覧。
  3. ^ 文化財も大きな被害 阿蘇神社「楼門」、ジェーンズ邸倒壊 - 北海道新聞、2016年4月16日、同年4月17日閲覧。
  4. ^ 西日本新聞(2016年11月8日)
  5. ^ 熊本県立大学ホームページ

文献[編集]

  • 『熊本県大百科事典』1982年、熊本日日新聞社、「洋学校教師館」pp849

外部リンク[編集]