熊本大空襲

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熊本大空襲(くまもとだいくうしゅう)は、第二次世界大戦中の1945年7月1日〜2日および8月10日に、熊本県を襲った空襲[1]。いわゆる日本本土空襲の1つ。7月1日午後11時以降の深夜から焼夷弾の投下があり、B29 154機(米軍資料):60機(日本軍部発表)[2] 熊本市の中心部は壊滅的な被害を受け[3]、市街地の約20%が焼失した。被害は、死者数469人、負傷者数552人、罹災家屋総数11,000戸、罹災者数43,000人に達したという[4]

熊本市の被害状況[編集]

7月1日の空襲
  • 罹災人員36314人
  • 死者388人
  • 重軽傷者475人
  • 行方不明13人
  • 家屋破壊・焼失9077戸
8月10日の空襲
  • 罹災戸数1551戸
  • 罹災人員6308人
  • 死者45人
  • 負傷者43人
総計
  • 罹災面積363万975平方メ-トル(市街地面積の30%)
  • 被災戸数11906戸  
  • 被災者4万7598人     
  • 死者617人
  • 負傷1317人
  • 行方不明13人     .

脚注[編集]

  1. ^ 熊本大空襲”. www.asahi-net.or.jp. 2021年2月5日閲覧。
  2. ^ 熊本県の百年(1987) 森田誠一ら、山川出版社、東京、市制百周年記念 熊本 歴史と魅力 (1989)、 熊本日日新聞 熊本 ふるさとの思い出 写真集 明治大正昭和 (1955) 図書刊行会など
  3. ^ “熊本大空襲の写真、新たに18枚見つかる 米軍機から撮影、元乗員の息子通じ入手” (jp). Mainichi Daily News. (2020年7月3日). https://mainichi.jp/articles/20200703/k00/00m/040/084000c 2021年2月5日閲覧。 
  4. ^ 熊本市発表