照栄院 (大田区)

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照栄院
Shoei-in (Ota, Tokyo).JPG
所在地 東京都大田区池上1-31-10
位置 北緯35度34分34秒
東経139度42分24.1秒
座標: 北緯35度34分34秒 東経139度42分24.1秒
山号 朗慶山
院号 照栄院
宗派 日蓮宗
寺格 紫金襴寺跡
本尊 三宝尊
創建年 正応4年(1291年)
又は
文保2年(1318年)
開山 日朗
中興年 嘉吉年間(1441〜1444年)
中興 日鏡[1]
正式名 朗慶山照栄院立善講寺[1]
別称 南谷檀林[1]・向林庵
札所等 池上七福神(寿老人)
文化財 照栄院文書・板頭寮遺構・日朗聖人坐像・妙見大菩薩立像 等(大田区指定文化財)
法人番号 1010805000143 ウィキデータを編集
照栄院 (大田区)の位置(東京都区部内)
照栄院 (大田区)
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照栄院(しょうえいいん)は、東京都大田区池上にある、日蓮宗の寺院。山号は朗慶山。池上本門寺子院本行寺理境院と共に池上三院家のひとつ。池上・柳嶋法縁。

概要[編集]

日蓮の弟子・日朗が庵室として創建したという[2]。日朗没後荒廃したが、池上本門寺・日鏡が再建する。加藤清正の娘・瑶林院は、徳川頼宣の現世安穏後生善処を念じて妙見菩薩立像を池上本門寺へ奉納した。池上本門寺22世・日玄は、南谷檀林という僧侶の学問所を開檀した。池上本門寺へ奉納された妙見菩薩立像は、南谷檀林を守護するため妙見堂に遷座された。廃檀までに多くの学僧を輩出した。照栄院住職、故・田中日淳はチャンギ刑務所BC級戦犯教誨師となり、受刑者の心の支えとなった。

歴史[編集]

  • 1318年(文保2年)日蓮の弟子・日朗が庵室として創建する。
  • 1441年(嘉吉元年)池上本門寺・日鏡が再建する。
  • 1689年(元禄2年)池上本門寺22世・日玄は、南谷檀林を開檀する。
  • 1836年(天保7年)板頭寮を再建する。
  • 1866年(慶応2年)妙見堂を再建する。
  • 1869年(明治2年)明治維新により、南谷檀林が廃檀する。
  • 1981年(昭和56年)池上七福神に参加する。

文化財[編集]

  • 棟札(大田区指定文化財)
  • 板頭寮遺構(大田区指定文化財)
  • 照栄院文書(大田区指定文化財)
  • 日朗聖人坐像(大田区指定文化財)
  • 三宝尊像(大田区指定文化財)

交通アクセス[編集]

脚注[編集]

参考文献[編集]

  • 「池上村 南谷檀林照栄院」『新編武蔵風土記稿』巻ノ45荏原郡ノ7、内務省地理局、1884年6月。NDLJP:763981/79

外部リンク[編集]