無垢の博物館

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無垢の博物館
著者 オルハン・パムク
原題 Masumiyet Müzesi
翻訳者 宮下遼
トルコ
言語 トルコ語
ジャンル 小説
出版社 İletişim (イスタンブル)
出版日 2008
出版形式 ハードカバー & ぺーバーバック
ページ数 592 pp. (トルコ語原書)
ISBN ISBN 978-975-050-60-93 (トルコ語原書)
OCLC 276510603

無垢の博物館』(むくのはくぶつかん、トルコ語: Masumiyet Müzesi)は、トルコノーベル文学賞作家オルハン・パムク著のトルコ語で書かれた小説である。2008年8月に出版された(日本語訳は2010年)。

内容[編集]

トルコの富裕層の青年ケマルの独白体で大部分が書かれており、12歳年少で裕福でない女性フュスンに対するケマルの妄念的な愛情が、イスタンブルを舞台に1975年からの10年間を中心として、30年にわたって描かれている。ケマルの愛情はフュスンの内面や社会的状況には向けられず、もっぱら女性としての外面的な美しさに向けられており、きわめて自己中心的に描かれている。フュスンに対する生涯の愛情を確信したケマルは別の女性との婚約を解消し、フュスンや彼女の生活に関わり、それらをケマルに想起させるを収集し始める。物と妄念により自己の持つ愛情を満足させることが習慣となり、ケマルは家族や友人たちとの健全な社会的人間関係を損なっていく。

作品中には蝶やカゴの小鳥、ケマルのフェティシズムにより集められた小物が多数登場する。フュスンに完全に魅了されていたケマルは、しかし彼女をひとりの人間として扱うことができないことが、作品中では最後まで描かれ続ける。

しかしそうした人物はケマルだけでなく、フュスンの周囲に登場する男性は誰もが彼女の異性としての魅力にとりつかれ、彼女の個性や内面を見ようとしない。最終的に彼女は、トーマス・ハーディの「テス」やフロベールの「ボヴァリー夫人」のように、そういった男性たちの欲望の犠牲となる。

作者のパムクはこの小説を書くに当って、YouTubeでイスタンブルの音楽や映画を調べた、と語っている[1]

テーマ[編集]

東洋と西洋の対立[編集]

「わたしの名は紅」をはじめとしてパムクの作品では東洋と西洋の対立がしばしば描かれ、それは彼のノーベル賞の受賞理由にもなっているが、それはこの作品でも、イスタンブルの博物館や映画などの文化に於ける西洋 (ヨーロッパおよびアメリカ) の影響という形で示され、主要なテーマの一つとなっている。

博物館[編集]

作品とこれに連動する博物館では、他の博物館や収蔵物が多く登場する。そのものを収蔵する恥じらいをともなって秘蔵されるものを博物館の収蔵物として公開するというやり方が、作品の終結部に示される。

女性の主権とトルコ文化[編集]

トルコにおける女性の位置づけが作品の全体を通じたテーマの一つである。1970年代のイスタンブルでは西洋化が進み男女交際がより自由になる傾向があったが、それでも婚前交渉を行った女性が社会から阻害される様子が描かれる。パムクはこれをトルコの古い慣習であるとしている。

パムクはインタビューで、ケマルが些細な小物のコレクションに自身の思い描くフュスンを見て、フュスンその人とその生き方、考えを見ない様子を描くことでこれらのテーマを表現したとしている[2]

翻訳[編集]

英語への翻訳は2009年で、2009年9月7日に米『ザ・ニューヨーカー』誌に Distant Relations の題名で抄録され[3]、同年10月20日に米Alfred A. Knopf社からモーリーン・フリーリによる翻訳で The Museum of Innocence の題名で出版された。

日本語訳は宮下遼によるものが「無垢の博物館」の題名で、早川書房から上下巻分冊で2010年に出版された。

博物館の設置[編集]

小説と連動する「無垢の博物館」

パムクは小説中にも登場するこの「無垢の博物館」を、イスタンブルのベイオール地区 (Beyoğlu) に隣接するチュクルジュマ地区 (Çukurcuma) の建物を利用し実際にオープンさせた。

内部は小説の舞台となった1970年代から90年代までのイスタンブルの文化や人々の日常生活を想起させるような物を展示している[4]

当初はフランクフルトシルン美術館 (en) で2008年10月に開催されたフランクフルト書籍見本市での公開を目指していたがキャンセルになった[5]。その後イスタンブル市内において、まず2011年中の開館を目指して準備が進められ[6]、 その予定からは遅れながらも2012年4月に落成した。小説の発刊とこの博物館の開館には時間差があったものの両者は密接に関連しており、イスタンブルの二つの家族の間のロマンティックで異常な愛情と1970年代のイスタンブルの上流家庭の様子をそこに留めている.[7]。この開館に必要な資金はノーベル賞の賞金と欧州文化首都事業 (2010年イスタンブル) の援助によりまかなわれた[8][9]

書誌情報[編集]

宮下遼訳による日本語版

脚注[編集]

  1. ^ Rich, Motoko (2008年10月16日). “Turkish Novelist Denounces Government at Book Fair”. New York Times. http://www.nytimes.com/2008/10/16/world/europe/16frankfurt.html?partner=permalink&exprod=permalink 2008年10月16日閲覧。 
  2. ^ “Conversations with history - Orhan Pamuk”. YouTube. (2009年11月10日). https://www.youtube.com/watch?v=zy62YqDeE0c 2015年2月9日閲覧。 
  3. ^ Distant Relations, The New Yorker, September 7, 2009.
  4. ^ “Nobel laureate Pamuk's "Museum of Innocence" to be opened in Istanbul”. TurkNet. (2009年6月2日). http://haber.turk.net/haber_detay.asp?ID=2282570&cat=EKO 2010年7月9日閲覧。 
  5. ^ "International News Digest – Orhan Pamuk cancels “Museum of Innocence”". Artforum. Week of July 7, 2008. Retrieved July 9, 2010. 
  6. ^ “Room with a view: Pamuk explores İstanbul's double soul”. Today's Zaman. (2010年9月30日). http://www.todayszaman.com/tz-web/news-223082-room-with-a-view-pamuk-explores-istanbuls-double-soul.html 2010年10月9日閲覧。 
  7. ^ Ayla Jean Yackley (2012年4月29日). “Nobel winner Orhan Pamuk opens novel museum in Istanbul”. Reuters. Al Arabiya News. http://english.alarabiya.net/articles/2012/04/29/210931.html 2012年4月29日閲覧。 
  8. ^ 2010 ECOC Support for the Museum of Innocence”. Istanbul 2010 – European Capital of Culture. 2010年4月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年7月9日閲覧。
  9. ^ 無垢の博物館:ノーベル賞作家オルハン・パムクさん、イスタンブールに 小説と博物館が一体に?」『毎日新聞』東京夕刊、2012年06月25日付(2013年9月3日閲覧)

外部リンク[編集]