焉耆回族自治県

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中華人民共和国 新疆ウイグル自治区
焉耆回族自治県
市街地付近を流れる開都河
市街地付近を流れる開都河
簡体字 焉耆
繁体字 焉耆
拼音 Yānqí
モンゴル文字 ᠶᠠᠨᠼᠢ
ウイグル語 يەنجى
ウイグル語ローマ字転写 Yənji
国家 中華人民共和国の旗 中華人民共和国
自治区 新疆ウイグル
自治州 バインゴリン自治州
行政級別 自治県
面積
総面積 24,29.32 km²
人口
総人口(2004) 12 万人
経済
電話番号 0996
郵便番号 841100
行政区画代碼 652826
公式ウェブサイト http://www.xjyq.gov.cn/

焉耆回族自治県(えんき-かいぞく-じちけん、イェンチー・フェイぞく-じちけん、モンゴル語:ᠶᠠᠨᠼᠢ
ᠬᠣᠲᠣᠩ
ᠥᠪᠡᠷᠲᠡᠭᠡᠨ
ᠵᠠᠰᠠᠬᠤ
ᠱᠢᠨᠢ
)は、中華人民共和国新疆ウイグル自治区バインゴリン・モンゴル自治州に位置する回(フェイ)族自治県

歴史[編集]

古くは焉耆国というオアシス都市国家が栄え、龍氏という王族のもと、印欧系トカラ語を話す民族が住んでいた。

焉耆国は小国ゆえに時の大国の支配下に入ることが多かったが、一時期は隣国の亀茲国を占領して天山南路一帯を支配するほど強盛な時代もあった。その後も焉耆国は時の大国に支配されつつも、8世紀までは独立した国家であったが、によって焉耆都督府が設置されると独立性が失われ、まもなく吐蕃回鶻ウイグル)に占領される。天山地域に割拠した回鶻は天山ウイグル王国を形成し、500年をかけてその地をテュルク化していった。

その後、チャガタイ・ハン国モグーリスタン・ハン国ジュンガル・ホンタイジ国と支配者が代わり、テュルク化,イスラーム化はさらに進行していく。

1757年乾隆帝の遠征によってジュンガル・ホンタイジ国は滅ぼされ、ジュンガルが支配していた東トルキスタンは清朝の支配下に入り、「新疆(しんきょう)」と呼ばれるようになる。


行政区画[編集]

傘下の4郷4鎮その他で構成されている。

  • :カラシェヘル鎮(カラシャリ鎮、焉耆鎮)、七個星鎮、永寧鎮、デンズィル鎮(四十里城子鎮)
  • :北大渠郷、五号渠郷、チャガンチェケ郷(査汗采開郷)、ボルカイ郷(包爾海郷)
  • 疑似郷級単位:王家庄牧場、蘇海良種場、兵団二十七団