烏川災害

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烏川災害(からすがわさいがい)とは、昭和10年(1935年)9月に、颱風等の影響で群馬県等を中心に発生した豪雨災害の通称である[1]

概要[編集]

昭和10年9月21日頃から、本州南岸沿いに前線が停滞し、四国沖に低気圧が発生したことにより、利根川上流域は連日となっていた。日向灘を北上した颱風は24日四国に上陸し、25日には日本海へ抜けて北北東進した。翌26日、次の颱風が東海上をかなりの速度で北上した。これら2つの颱風は停滞していた前線を刺激し、山梨県・群馬県を中心として関東一円に豪雨を降らせた[1]

この年は6月以降雨が多く、群馬県内では21日から降り続いていたが、颱風によって前線の活動が活発になった24日朝から26日夕方まで豪雨が継続した。利根川上流域での降雨は烏川流域に集中し、倉田村で総雨量402.5mmを記録した[1]

この豪雨災害により、利根川の上流域では、烏川流域や碓氷川流域、吾妻川流域などに被害が集中した。特に烏川流域では、榛名山火山噴出物から成る崩れやすい地盤が広く分布することもあって、あちこちで土砂災害等が発生した。群馬県では218人が死亡し(うち烏川沿岸での死者・行方不明者は51人)、被害額は4,430万円(現在の価値にして約700億円)にのぼった[1]

群馬県内の被害状況
死者 218名 家屋半壊 460戸
負傷者 190名 家屋流出 859戸
行方不明者 39名 床上浸水 4,011戸
家屋全壊 467戸 床下浸水 13,320戸

脚注[編集]

  1. ^ a b c d 国土交通省 利根川水系砂防事務所『烏川水害 (詳細) 』(一部改変)

外部リンク[編集]