瀬戸市立水南小学校

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瀬戸市立水南小学校
国公私立の別 公立学校
設置者 瀬戸市
設立年月日 1936年
共学・別学 男女共学
学期 3学期制
所在地 489-0069
愛知県瀬戸市東松山町154
外部リンク 公式サイト
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瀬戸市立水南小学校(せとしりつ すいなんしょうがっこう)は、愛知県瀬戸市東松山町154にある公立小学校

概要[編集]

瀬戸市内に20ある小学校の中で9番目に歴史が古い。市の中心部に位置し、付近を国道155号が走る。

2001年(平成13年)に新入生の児童数が136名と近年最多となる。新たな住宅地の造成、マンション建設で、これ以降は毎年120名以上の1年生を迎えて児童数が増加し市内でも有数の大規模校へと変貌。児童数増加の要因として2005年日本国際博覧会の影響が大きいとされる。

2003年(平成15年)校区内の急激な人口増加による学級増のため、近い将来、教室が不足することが懸念されたことにより増築棟の建設と校舎施設拡張整備が決定した。

2005年(平成17年)全校児童741名をピークに少子化の影響で年々児童数が減少し2016年(平成28年)は543名と学級数も1学年4学級から3学級となっている。

沿革[編集]

水野村立水野尋常高等小学校(現:瀬戸市立水野小学校)分教場を前身に1936年(昭和11年)4月「水野第一尋常小学校」として開校。波多野昇初代校長をはじめ、児童数193名、学級数は6学級。

創立時は教室数や教員数も不足していたため「二部教授」(午前と午後にわけて、別の児童が登校して行う授業)が行われていたが途中から廃止された。

  • 1936年(昭和11年)水野第一尋常小学校 校章・校歌制定。
  • 1941年(昭和16年)国民学校令により水野村立南国民学校と改称。
  • 1947年(昭和22年)学制改革により水野村立南小学校と改称。
  • 1951年(昭和26年)水野村瀬戸市へ合併し、瀬戸市立水南小学校と改称。
  • 1952年(昭和27年)校章改訂・第二校歌制定(ともに現在のもの)。
  • 1960年(昭和35年)水南公民館兼講堂竣工。
  • 1965年(昭和40年)創立30周年記念行事を行い「水南三十年のあゆみ」発行。
  • 1971年(昭和46年)校舎改築。
  • 1972年(昭和47年)運動場拡張。
  • 1973年(昭和48年)ジャンボすべり台完成。
  • 1980年(昭和55年)屋内運動場竣工。
  • 1981年(昭和56年)特別教室棟増築。
  • 1982年(昭和57年)プール竣工。
  • 1985年(昭和60年)創立50周年行事を行い記念誌を発行。タイムカプセルの封印(2015年に開封予定)校歌碑の建立。
  • 1995年(平成7年)創立60周年記念下敷きを作成配布。
  • 1996年(平成8年)文部省より「体力つくり推進校」の指定を受ける。
  • 1998年(平成10年)「体力つくり推進校」研究発表会。
  • 2001年(平成13年)NHKテレビ「課外授業 ようこそ先輩」の収録 5月6日に放送。5組(特殊学級)開設。ホームページ開設。
  • 2003年(平成15年)南校舎完成。「まめなし」瀬戸市の天然記念物に指定される。
  • 2004年(平成16年)東児童玄関設置。
  • 2005年(平成17年)創立70周年記念 航空写真 撮影。新学級「6組」設置。
  • 2007年(平成19年)スクールカウンセラー拠点校に指定。附属池田小事件を受け防犯カメラ設置。
  • 2008年(平成20年)(テレビ愛知)放送の夏の特番『からくりNEOドミノ甲子園』に中部ブロック代表として出演。
  • 2010年(平成22年)「cop10記念植樹祭」開催。

通学区域[編集]

  • 瀬戸市
    • 西追分町、東横山町、水南町、苗場町、東松山町、小金町、進陶町[以下を除く188~196番]、西松山町1~4丁目、北松山町1~2丁目、上松山町1~2丁目[1]
  • 瀬戸市は公立学校選択制を導入している。

進学先中学校[編集]

交通[編集]

最寄駅[編集]

著名な卒業生[編集]

その他[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

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外部リンク[編集]