瀬名氏俊

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瀬名氏俊
時代 戦国時代
生誕 不詳
死没 不詳
別名 貞綱・源五郎
戒名 別山徳雲寺
官位 従五位下、伊予守、右衛門佐あるいは左衛門佐
氏族 瀬名氏(清和源氏足利氏今川氏
父母 父:瀬名氏貞、母:堀越貞基の娘
兄弟 氏俊義広(関口親永)氏次
今川氏親の娘
虎王丸氏明(信輝・氏詮)、何某(僧侶
桶狭間の戦いの瀬名氏俊陣地跡
(愛知県名古屋市緑区桶狭間)

瀬名 氏俊(せな うじとし)は、戦国時代武将遠江今川氏の流れを汲む瀬名氏の当主で、駿河今川氏に仕えた。別名は貞綱と伝わる。

生涯[編集]

寛政重修諸家譜』には「氏俊」で載せられており、父は瀬名氏貞、母は堀越貞基の娘。永禄3年5月19日1560年6月12日)の桶狭間の戦いでは、今川本隊の先発隊として偵察、桶狭間にて本隊の陣所の設営などを行い、先に大高城へ向かっていたため、直接は戦っていない。

系譜[編集]

寛政重修諸家譜』の「瀬名」系譜は、「氏俊」の子として3男1女を載せる。長男虎王丸は早世。次男は氏明(うじあきら)で別名を氏詮(うじのり)とし、徳川家の旗本になった瀬名政勝の父としている(瀬名信輝を参照)。三男某は僧。一女は三浦上総介某の妻としている。

参考文献[編集]

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関連項目[編集]