澤宣元

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澤 宣元(さわ のぶもと、1862年1月30日文久2年1月1日[1]) - 1934年昭和9年)2月16日[1])は、明治から大正時代にかけての官吏、華族男爵

山城国出身。澤宣嘉の次男。兄に澤宣量澤宣種(義兄、宣嘉の養子)。妻は三浦顕次の娘、後に鈴木亀吉の長女・義子。は後に元麿。分家を立てて男爵位を授けられる。外務省に入った後、宮内省に移り、侍従となった。昭和9年(1934年)死去。享年73。墓所は都立雑司ヶ谷霊園にある。(祖父澤為量の墓所も同霊園にある。)

栄典[編集]

外国勲章佩用允許

脚注[編集]

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  1. ^ a b 『平成新修旧華族家系大成』上巻、695頁。
  2. ^ 『官報』第3571号「叙任及辞令」1895年5月28日。
  3. ^ 『官報』第7578号・付録「辞令」1908年9月28日。
  4. ^ 『官報』第1001号「叙任及辞令」1915年12月2日。
  5. ^ 『官報』第6594号「叙任及辞令」1905年6月24日。

参考文献[編集]


日本の爵位
先代:
叙爵
男爵
澤家(分家)初代
1895年 - 1934年
次代:
澤宣一