漢意

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漢意(からごころ、唐心の意)は、本居宣長が提唱した思想概念・批評用語の一つ。

概要[編集]

はかりごとを加えず善悪ともにありのままのさまを尊ぶ大和民族[1]古来の素直な態度に対して、中国文明に特徴的であると宣長の考えた、物事を虚飾によって飾りたて、様々な理屈によって事々しく事象を正当化したり、あるいは不都合なことを糊塗したりする、はからいの多い態度を指す。

宣長は『源氏物語』や和歌の研究(『源氏物語玉の小櫛』『石上私淑言』)を通して、人間のあるがままの感情を、善悪の倫理的な判断に及ぶことなく、そのままに肯定すること(もののあはれの説)が文学、ひいては人間のあるべき姿であると考えるにいたった。これは、当時の社会にあっては、文学を儒学的(特に朱子学的)なドグマから開放する極めて先鋭な文学意識であり、後世の国文学研究に大きな影響を与えた。だが、宣長はこうした発想を大和文化尊重・中国文化排斥の方向に導き、「やまとごころ」と「からごころ」の対比によるその思想体系を築き上げた[2]

漢意は、中国からの移入によるだけではなく、仏教や儒学によって、大和民族は知らず知らずのうちにその影響を蒙っており、そこから離れて大和民族本来の心性(やまとごころ。そのもっとも純粋なあり方が上代における大和民族の精神生活である)を取戻すことが重要であると宣長は考えた。

以上のように、宣長の漢意論は精神的・文化的側面から論じられているところに特色があるが、宣長独自の文献批判に基づく外交史『馭戎慨言』においては、文化面だけでなく政治・外交面においても大和民族中心の価値観を訴えている。

漢意に言及している著作[編集]

脚注[編集]

  1. ^ この場合、琉球民族やアイヌ民族を含まないため『日本民族』や『日本人』ではない。
  2. ^ 宣長が「漢意」につて『玉勝間』巻一で「漢意とは、漢国のふりを好み、かの国をとふとぶのみをいふにあらず。大かた世の人の、万の事の善悪是非を論ひ、物の理をさだめいふたぐひ、すべてみな漢籍の趣なるをいふ也。さるはからぶみよをよみたる人のみ、あらず、然るには、書といふ物一つもみたることなき者までも、同じこと也。そもからぶみをよまぬ人は、さる心にはあるまじきわざなれども、何わざも漢国をよしとして、かれをまねぶ世のならひ、千年にもあまりぬれば、おのづからその意世の中にゆきわたりて、人の心の底にそみつきて、つねの地となれる故に、我はからごころもたらずと思ひ、これはから意にあらず、当然理也と思ふことも、なほ漢意をはなれがたきならひぞかし。」と説明している。(丸山眞男著『丸山眞男講義録 第七冊 日本政治思想史 1967 』 東京大学出版会 1998年 284ページより孫引き)

関連項目[編集]