演州

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演州(えんしゅう)は、中国王朝がかつてベトナムに置いた。現在のゲアン省北部一帯に設置された。

622年武徳5年)、唐朝により設置された驩州を前身とし、州治は安人県に設置された。627年貞観元年)に演州と改称された。642年(貞観16年)に一旦廃止されたが、754年広徳2年)に再設置、州治は忠義県に遷され、鎮南都護府(後の安南都護府)の管轄とされた[1]

931年楊廷芸南漢から自立し、北ベトナムの中国支配が終わった。演州は演州寨、演州路、演州府などに改称された。

1407年永楽5年)、永楽帝がベトナムに侵攻し、演州府を設置した。1417年(永楽15年)に直隷州に改められた。

1424年藍山の義軍が明軍を撃破し、演州は黎利の支配下に入った。

脚注[編集]

  1. ^ 旧唐書』地理志四および『新唐書』地理志七上