滝山団地

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滝山団地(たきやまだんち)は、東京都東久留米市滝山に存在する、旧日本住宅公団(現都市再生機構)が整備した公団住宅である。

なお、本項では、滝山団地に隣接する「滝山第二団地」も滝山団地に含めて扱っている。

建設の経緯[編集]

東京都心部の高度経済成長以降の住宅不足を解消するため、昭和30年7月に日本住宅公団が設立され、東京都心から半径20~40kmの範囲に大規模な団地が建設された。東久留米市においては、昭和34年に入居を開始したひばりが丘団地、昭和37年に入居を開始した東久留米団地に続くかたちで、小平、東村山都市計画、久留米土地区画整理事業として、滝山団地が建設された。[1][2] 日本住宅公団は1960年代後半から徐々に分譲の割合を増やしていたが、滝山団地は総戸数の三分のニが分譲であり、当時これほど分譲戸数の多い団地は他になかった。[3]

基本データ[編集]

  • 戸数 - 3216戸(分譲2120、賃貸1096) ※竣工当初は3180戸(分譲2120、賃貸1060)[4]
  • 入居開始 - 1968年
  • 住所
    • 滝山団地 - 東京都東久留米市滝山六丁目
    • 滝山第二団地 - 東京都東久留米市滝山二、三丁目
  • 小学校区 - 東久留米市立第七小学校および第九小学校
  • 中学校区 - 東久留米市立西中学校および下里中学校
滝山団地の街区構成
街区名 住所 形態 戸数 入居
滝山団地1街区 滝山六丁目1番地 賃貸 2号棟 36 1987年4月*
3~27号棟 1060 1968年12月
滝山団地2街区 滝山六丁目2番地 普通分譲** 1~16号棟 640 1969年1月
滝山団地3街区 滝山六丁目3番地 特別分譲** 1~16号棟 760 1969年2月
滝山第二団地 滝山二丁目5番地 分譲 1~10号棟 720 1970年11月
滝山三丁目1番地 1~13号棟
* 1街区2号棟は竣工当初は日本住宅公団職員寮であった
**「普通分譲」は土地代を一時金とする方式による分譲(50〜100万円程度)、「特別分譲」は一時金の額を一律(30万円)とし当初のローン返済額を同型賃貸の家賃並みに設定した分譲

歩車分離設計[編集]

徹底した歩車分離を図るため、団地内および隣接する住宅地には、地区を南北に貫く幅10mの遊歩道が設置されている。団地内だけでなく地区全体に歩行者専用道路を配置したこの設計は日本の団地としては初の試みであり、1967(昭和42)年度日本都市計画学会石川奨励賞を受賞した[5]

歩行者専用道路は地区を南北に縦断する形で5路線が設けられ、住宅地とバス停とが結ばれた。歩行者道路の両側に建設される一般住宅については、門や垣根を開放的なものにして、個人住宅の庭と道路の植栽とが一体的な空間を構成するように計画された。歩行者専用道路は学校、公共施設、商業施設とも繋がり、緑の軸として機能している。少子高齢化が進む中で歩行者専用道路は高齢者や子どもにとって安全なコミュニティ空間として、現在でも重要な役割を果たしている[6]

著しい高齢化[編集]

他の団地でもよく見られるように、竣工当時の住宅取得層にあたる年齢層が突出して多いという人口構造をしている。 竣工から約50年を経た現在では、周辺地域と比較して突出して高齢化が著しい。

滝山団地の人口と高齢化の現状(国勢調査)
年次 地区 滝山二丁目 滝山三丁目 滝山六丁目 東久留米市(参考)
2010年 総人口 757人 1,313人 4,811人 116,546人
高齢化率 40.3% 37.5% 37.0% 23.5%
2015年 総人口 700人 1,247人 4,395人 116,632人
高齢化率 46.0% 39.4% 46.9% 26.9%

※総人口には年齢不詳を含む

滝山あんしんつながりの家[編集]

滝山団地居住者の高齢化への対策として、東久留米市では都市計画マスタープランにて「高齢者が安心して住み続けられる住環境の整備」を掲げている[7]

2012 年には、「少子高齢社会の暮らしの支援」と「安全・安心の環境づくり」を目的とした実践的な研究「滝山団地プロジェクト」が、独立行政法人都市再生機構(UR)、滝山団地自治会、日本社会事業大学の連携により実施された。このプロジェクトの成果のひとつに、滝山団地内の既存集会所を改修して作られた「滝山あんしんつながりの家」がある。「滝山あんしんつながりの家」は、見守り・共助・多世代交流などを目的とした「コミュニティづくりの拠点」として運営されている[8]

年表[編集]

  • 1960年(昭和35年)
    • 旧日本住宅公団が用地買収に着手。この周辺は地図上では大字前沢の小字「滝山道(たきやまみち)[9](滝ノ山道[10])」及び大字下里の小字「前原」を含む地域であり、当時は広大な山林[11]であった。
  • 1961年(昭和36年)
    • 同年11月27日から翌年3月31日までの期間、旧日本住宅公団が下里、柳窪、前沢地域の測量実施[12]
  • 1966年(昭和41年)
  • 1967年度(昭和42年度)
    • 「久留米住宅団地の計画」が日本都市計画学会石川奨励賞計画設計部門を受賞。
  • 1968年(昭和43年)
    • 1月、「前沢団地[注 1]」内の店舗用地(43区画)の分譲告知[13]
    • 7月、前沢地区に建設中の団地の名称が「滝山団地」と決まり、入居者の募集を告知(申込受付期間7月1日から5日)[14]
    • 9月1日、久留米町立第七小学校開校(仮校舎旧一小分校)。
    • 同日、久留米町立西中学校開校(仮校舎旧久留米中学校内[注 2])。
    • 11月28日、第七小学校が現在地に完成した新校舎に移転。
    • 12月、滝山団地1街区入居開始。
    • 12月16日、西中学校が現在地に完成した新校舎に移転。
  • 1969年(昭和44年)
    • 1月、滝山団地2街区入居開始。
    • 同月、西武バス滝山営業所が落成、のち営業開始。
    • 2月、滝山団地3街区入居開始。
    • 4月、滝山団地自治会設立。
  • 1970年(昭和45年)
    • 滝山中央名店会発足。
    • 4月、久留米町立第九小学校開校(第七小の一部学区域が変更)。
    • 10月1日、市制移行。自治体名称を東久留米市へ改称。
    • 同日、滝山一丁目〜七丁目の住居表示を施行。
    • 11月、滝山第二団地入居開始。
  • 1975年(昭和50年)
    • 4月、東久留米市立滝山小学校開校(第七小と第九小の一部学区域が変更)。
  • 1987年(昭和62年)
    • 4月、住宅・都市整備公団(当時)職員寮であった1街区2号棟(36戸)が賃貸住宅となり、入居開始。
  • 2004年(平成16年)
    • 3月31日、東久留米市立滝山小学校閉校(第九小学校と統合。心身障害学級は第七小学校と統合)。

交通[編集]

西武新宿線花小金井駅JR中央本線武蔵小金井駅西武池袋線東久留米駅、同清瀬駅から西武バス利用、滝山三丁目、団地センター、滝山五丁目、滝山団地、滝山団地中央バス停下車。なお、団地西側の下里三丁目に運行拠点となる西武バス滝山営業所を設置している(ただし一部系統は西武バス小平営業所も担当している)。

外部リンク[編集]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 原文ママ。現在の滝山団地を意味する
  2. ^ 当時の久留米中学校の所在地は現在の東久留米郵便局の所在地であった。

出典[編集]

  1. ^ 財団法人たましん地域文化財団 著「多摩のあゆみ 第100号 特集 二〇世紀の多摩」新潮社、2000年、p.88~90
  2. ^ 久留米町教育委員会 著「くるめ」1970年、p.52
  3. ^ 原武史 著「団地の空間政治学」NHK出版、2012年、p.235
  4. ^ 原武史 著「レッドアローとスターハウス もうひとつの戦後思想史」新潮社、2012年
  5. ^ 受賞作品一覧|学会賞 - 日本都市計画学会 2016年5月8日閲覧
  6. ^ 公益社団法人 日本都市計画学会編「60プロジェクトによむ日本の都市づくり」p.24
  7. ^ 東久留米市都市計画部都市計画課 「東久留米市 都市計画マスタープラン」 東久留米市 2012年 PP.124
  8. ^ 児玉桂子 「超高齢団地における安心居住の支援方法に関する実践研究」 日本社会事業大学 2013年
  9. ^ 今尾恵介 著「地図でたどる多摩の街道 30市町村をつなぐ道」けやき出版、2015年
  10. ^ 国際地学協会発行「清瀬・久留米町全図」(昭和44年度版)に当該地区の記載あり
  11. ^ 根岸正 監修 「目で見る 西東京・東久留米・清瀬の100年」 郷土出版社 2003年 PP.112
  12. ^ 久留米町報(第16号、昭和37年1月1日 発行、久留米町役場)掲載記事「宅地開発計画進む」より
  13. ^ 広報くるめ(第89号、昭和43年1月1日 発行、久留米町役場)掲載記事「前沢団地の店舗用地を分譲」より
  14. ^ 広報くるめ(昭和43年7月1日 発行、久留米町役場)掲載記事「滝山団地の入居者を募集」より