滝夜叉姫

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滝夜叉姫(楊洲周延画)
滝夜叉姫(歌川国芳画)

滝夜叉姫(たきやしゃひめ)は、平将門の娘とされる伝説上の妖術使い。本来の名は五月姫(さつきひめ)または瀧姫(たきひめ)という。

概要[編集]

元亨釈書』に記されている平将門の娘・如蔵尼をモデルに、山東京伝読本善知安方忠義伝 』で最初に語ったものと考えられている。福島県磐梯町恵日寺にある如蔵尼の墓碑に『滝夜叉姫が将門の死後に再興を図ったが失敗し出家した』と記されている[1]

天慶の乱にて父将門が討たれ、一族郎党は滅ぼされるが、生き残った五月姫は怨念を募らせ、貴船明神の社に丑三つ時に参るようになった。満願の二十一夜目には貴船明神の荒御霊の声が聞こえ、五月姫は妖術を授けられ、滝夜叉姫となった[2]

滝夜叉姫は下総国へ戻り、相馬の城にて夜叉丸や蜘蛛丸ら手下を集め、朝廷転覆の反乱を起こそうとするが、先手を打った朝廷が滝夜叉姫成敗の勅命を大宅中将光圀(通称太郎)と山城光成に下していた。相馬の城の内裏に追い詰められた滝夜叉姫はドクロの化け物を呼び出し応戦するが、激闘の末に敗れる。敗れた滝夜叉姫は死して平将門のもとに昇天したとも、尼寺に入り生涯をすごしたとも言われる[2]

現在の茨城県つくば市松塚の東福寺から200メートルほど離れた小さな塚は、東福寺周辺では滝夜叉姫の墓であるとされている[2]。なお、東福寺周辺では滝夜盛姫(たきやもりひめ)と伝わっている[3]

題材とした創作[編集]

相馬の古内裏
相馬の古内裏(歌川国芳画)

出典[編集]

  1. ^ 小和田哲男「妖術使いと死闘した大宅光圀と山城光成【11世紀】」 『鬼滅の日本史』宝島社、2020年。ISBN 9784299009708 
  2. ^ a b c 荒俣宏應矢泰紀 『アラマタヒロシの日本全国妖怪マップ』秀和システム、2021年、33頁。ISBN 9784798065076 
  3. ^ 東福寺の滝夜盛姫伝説”. 常陽リビング (2009年3月13日). 2022年3月23日閲覧。
  4. ^ 忍夜恋曲者”. 文化デジタルライブラリー. 2022年3月23日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]