滝口康彦

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滝口 康彦(たきぐち やすひこ、1924年3月13日[1] - 2004年6月9日[1])は、日本の時代小説家である。本名は原口康彦(はらぐち やすひこ)[1]。生涯のほとんどを佐賀県多久市で過ごし、旧藩時代の九州各地を舞台にした「士道」小説を数多く発表した。

人物・生涯[編集]

長崎県佐世保市万津町に生まれる[2]。実父の死去、実母の再婚後、佐賀県多久市に移る(1933年[3]。尋常高等小学校卒業後、いくつかの職(郵便・運送・炭鉱)を経て、1957年(昭和32年)、「高柳父子」で作家デビュー。なお、戦時中に防府海軍通信学校を卒業している。また、戦後、レッドパージをうけて当時勤めていた炭鉱を解雇されている(滝口本人は共産党員ではなかったが、共産党員の親族がいた)[3]

佐賀県多久市に在住し、九州在住の時代小説家として、北九州市門司古川薫福岡市白石一郎と並び称された。この3人は「九州三人衆[要出典]」とも「西国三人衆[3]」とも呼ばれ、古川とは親友だった[3]

他の2人が受賞した直木賞を滝口は受賞しなかったが、同賞候補として合計6回ノミネートされている[注 1]

急性循環不全のため、多久市内の病院で[要出典]死去した。享年80[3]

受賞歴[編集]

映画化作品[編集]

著書[編集]

  • 異聞浪人記 (光風社 1963年)
  • 仲秋十五日 (光風社書店 1972年)
  • 落日の鷹 (講談社 1972年 のち文庫)
  • 鍋島藩聞き書き (新人物往来社 1973年)
  • 佐賀歴史散歩 葉隠のふるさと (創元社 1973年)
  • 薩摩軍法 新人物往来社 1974年 のち講談社文庫
  • 拝領妻始末 (角川文庫 1974年 のち講談社文庫)
  • 関ケ原の風 (光風社書店 1974年)
  • 秋雨の首 (光風社書店 1975年)
  • 遺恨の譜 (おりじん書房 1975年 のち講談社文庫、新潮文庫)
  • 沖田総司 剣と愛と死 (新人物往来社 1975年 石沢英太郎古川薫共著)
  • 葉隠 鍋島武士の人間模様 (創元社 1976年)
  • 上意討ち心得 (立風書房 1977年6月 のち新潮文庫)
  • 主家滅ぶべし (文藝春秋 1979年1月 のち文庫)
  • 葉隠無残 (講談社 1979年3月 のち文庫)
  • 恨み黒髪 (講談社 1981年6月 のち文庫)
  • 乱離の風 若き日の立花宗茂 (文藝春秋 1981年1月 「立花宗茂と立花道雪」 学陽書房人物文庫)
  • 滝口康彦傑作選 1、4 (立風書房 1982年)
  • 流離の譜 (講談社 1984年1月 のち文庫)
  • 悪名の旗 (中央公論社 1984年8月 「西の関ヶ原」 学陽書房人物文庫)
  • 猿ケ辻風聞 (東京文芸社 1985年11月 のち講談社文庫)
  • 粟田口の狂女 (講談社 1986年3月 のち文庫、同改版)
  • 謀殺 (講談社文庫 1987年11月)
  • 権謀の裏 (新人物往来社 1988年11月 のち新潮文庫)
  • 天目山に桜散る (PHP文庫 1989年4月)
  • 鬼哭の城 (新人物往来社 1991年9月 のち新潮文庫)
  • 滝口康彦士道小説傑作選集 (立風書房 1982年 全4巻/新版 全2巻 1991年1月)
  • 滝口康彦集(リブリオ出版 (もだん時代小説 第12巻) 1999年12月)

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 第38回(1957年下期)「高柳父子」、第55回(1966年上期)「かげろう記」、第57回(1967年上期)「霧の底から」、第68回(1972年下期)『仲秋十五日』、第70回(1973年下期)「日向延岡のぼり猿」、第81回(1979年上期)『主家滅ぶべし』[3][4]

出典[編集]

  1. ^ a b c d デジタル版 日本人名大辞典+Plus『滝口康彦』 - コトバンク
  2. ^ 市報多久 2011年9月号 p.13 2018年8月16日閲覧。
  3. ^ a b c d e f “滝口康彦「異聞浪人記」 / 千年書房・九州の100冊”. (2007年7月1日). オリジナルの2009年10月23日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20091023103746/http://www.nishinippon.co.jp/nnp/book/kyushu100/2007/07/post_76.shtml 2016年5月5日閲覧。 
  4. ^ 滝口康彦”. 直木賞のすべて. 直木賞候補作家. 2019年6月25日閲覧。