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満月寺浮御堂

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満月寺 (大津市) > 満月寺浮御堂
満月寺浮御堂
夕景時の浮御堂
室戸台風で全壊する以前の浮御堂(1916年)

満月寺浮御堂(まんげつじうきみどう)は、滋賀県大津市本堅田琵琶湖畔の臨済宗大徳寺派海門山満月寺にある、湖上に突き出た仏堂。近江八景「堅田の落雁」で名高い。堅田の浮御堂の通称でも知られている[1][2]

歴史

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寺伝によれば、長徳年間(995年 - 999年)頃、源信(恵心僧都)比叡山横川から琵琶湖をながめていると、毎夜、琵琶湖の一部から光明が赫々(かくかく)と輝いているのを怪しみ網でこれを掬(すく)いとらせると、1寸8分の黄金の阿弥陀如来像が上がった。源信は魚類殺生供養のために阿弥陀如来像1体を造ると、その体内に湖中より上がった阿弥陀如来像をおさめ、また1,000体の阿弥陀如来像をも奉安し、浮見堂を建立して祀ったという。「千仏閣」「千体仏堂」とも称し、衆生制度とともに湖上通船の安全も発願したという[1][2]

堅田の地は建武年間(1334年 - 1338年)の始めより元亀天正年間(1570年 - 1592年)に至るまで度々戦場になったこともあって当寺は荒廃していたが、大徳寺の住持である湘南宗沅(大鑑真宗禅師)や大岫宗般などによって復興された。また、桜町天皇により京都御所能舞台を賜っている[2]

風景絶佳の趣のある地で、古くより一休和尚や蓮如上人などが滞在したり、松尾芭蕉や、小林一茶歌川広重葛飾北斎なども訪れ、多くの詩歌、絵画を残している[1][2]

1934年昭和9年)に室戸台風によって浮御堂は倒壊し、1937年(昭和12年)に再建された[2]。室戸台風の直後には竜巻も近くで発生している。

1982年(昭和57年)に修理が行われている[3]

「阿弥陀仏一千体」を安置して「千本仏」と称し、平安時代の「多数功徳作善信仰」を今日に伝えてもいる[1][2]

歌川広重の「堅田落雁」で知られており、近江八景に選ばれている[2]

2015年(平成27年)4月24日、「琵琶湖とその水辺景観- 祈りと暮らしの水遺産 」の構成文化財として日本遺産に認定された[4]

境内の句碑

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満月寺浮見堂にある句碑[1]

  • 松尾芭蕉
    • 鎖あけて 月さし入れよ 浮見堂
      • 元禄四年の中秋名月の翌日、十六夜のお月見の宴で詠まれた句
    • 比良三上 雪さしわたせ 鷺の橋
  • 高浜虚子
    • 湖も この辺にして 鳥渡る
  • 高桑蘭更
    • 病雁も 残らで春の 渚かな
  • 阿波野青畝
    • 五月雨の 雨だればかり 浮見堂

脚注

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  1. 1 2 3 4 5 海門山満月寺
  2. 1 2 3 4 5 6 7 浮御堂.湖信会、2026年3月22日閲覧。
  3. 浮御堂(満月寺).滋賀・びわ湖 観光情報、2026年3月22日閲覧。
  4. 琵琶湖とその水辺景観-祈りと暮らしの水遺産”. 文化庁. 2020年9月20日閲覧。

参考文献

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  • 参拝パンフレット
    • 『臨済宗大徳寺派 海門山満月寺浮御堂』海門山満月寺。 

関連項目

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外部リンク

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