湘君
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湘君(しょうくん)は、中国楚地の水神で、『楚辞』九歌の祭神の一柱。湘江の主神として湘夫人と対を成す存在であり、古代楚文化における河川崇拝と貴族祭祀が融合した神格である。その解釈をめぐっては、「湘水男神説」「娥皇・女英説」「舜帝説」など諸説が存在する。
典拠文献
[編集]神格特性
[編集]解釈史
[編集]古代 - 中世
[編集]- 前漢司馬遷『史記』「秦始皇本紀」には、秦始皇帝が洞庭湖の湘山を訪れた際、大風によって渡航を阻まれ、「湘君とはどのような神か」と博士に尋ねたところ、「堯の娘であり舜の妻となった者」が葬られていると説明を受けたという記述がある司馬遷. “秦始皇本紀”. 史記。
- 『列女伝』では、娥皇・女英を湘君と結び付ける記述がみられる。
- 唐代司馬貞『史記索隠』では、湘君を舜の妃とする説が紹介されている。
- 宋代洪興祖『楚辞補注』では、湘君を娥皇、湘夫人を女英に比定する説が紹介されている。
- 一方、宋代朱熹『楚辞集注』では、湘君を湘水の男神、湘夫人を女神と解し、両者を区別している朱熹 (1195). 楚辞集注。
- 『列女伝』では、娥皇・女英を湘君と結び付ける記述がみられる。
- 宋代洪興祖『楚辞補注』では、湘君を娥皇、湘夫人を女英に比定する説が紹介されている[3]。
- 一方、宋代朱熹『楚辞集注』では、湘君を湘水の男神、湘夫人を女神と解し、両者を区別している[4]。
近現代研究
[編集]- 郭沫若『屈原研究』(1935):湘君を沅湘流域の部族長の神格化と解釈
- 青木正児『九歌の研究』(1943):水神信仰と巫覡文化の融合を指摘
- 藤野岩友『巫系文学論』(1951):祭祀詩としての構造分析
民間信仰
[編集]山西省洪洞県羊獬村から歴山・万安一帯には、娥皇・女英と結び付けられた湘君信仰が伝えられている。当地では堯・舜の時代に由来するとする伝承があり、娥皇・女英は羊獬村では「姑姑」、歴山では「娘娘」と呼ばれている。
この伝承に基づき、「接姑姑迎娘娘」と呼ばれる往来儀礼が行われており、「洪洞走親習俗」として知られる[5]。