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湘君

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
湘君(張渥九歌図)

湘君(しょうくん)は、中国地の水神で、『楚辞』九歌の祭神の一柱。湘江の主神として湘夫人と対を成す存在であり、古代楚文化における河川崇拝と貴族祭祀が融合した神格である。その解釈をめぐっては、「湘水男神説」「娥皇・女英説」「舜帝説」など諸説が存在する。

典拠文献

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  • 楚辞』九歌「湘君」篇:「君不行兮夷猶」で始まる祭祀詩。巫が神を迎える形で湘君の渡航情景を描写[1]
  • 後漢王逸『楚辞章句』:湘君を「湘水之神」と注釈[2]
  • 宋代洪興祖『楚辞補注』:湘君を娥皇、湘夫人を女英とする説を紹介[3]

神格特性

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  • 司掌領域:湘江水運・漁業豊穣・渡航安全
  • 表象物:桂舟(桂の木の船)、龍飾りの旗(「駕飛龍兮北征」)
  • 祭祀方法:玉璫を捧げる水中祭祀(「捐余玦兮江中」)
  • 地理的関連:洞庭湖周辺の祭祀遺跡(屈子祠等)

解釈史

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古代 - 中世

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  • 前漢司馬遷史記』「秦始皇本紀」には、秦始皇帝が洞庭湖の湘山を訪れた際、大風によって渡航を阻まれ、「湘君とはどのような神か」と博士に尋ねたところ、「堯の娘であり舜の妻となった者」が葬られていると説明を受けたという記述がある司馬遷. “秦始皇本紀”. 史記 
  • 『列女伝』では、娥皇女英を湘君と結び付ける記述がみられる。
  • 唐代司馬貞史記索隠』では、湘君を舜の妃とする説が紹介されている。
  • 宋代洪興祖『楚辞補注』では、湘君を娥皇、湘夫人を女英に比定する説が紹介されている。
  • 一方、宋代朱熹『楚辞集注』では、湘君を湘水の男神、湘夫人を女神と解し、両者を区別している朱熹 (1195). 楚辞集注 
  • 『列女伝』では、娥皇・女英を湘君と結び付ける記述がみられる。
  • 宋代洪興祖『楚辞補注』では、湘君を娥皇、湘夫人を女英に比定する説が紹介されている[3]
  • 一方、宋代朱熹『楚辞集注』では、湘君を湘水の男神、湘夫人を女神と解し、両者を区別している[4]

近現代研究

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  • 郭沫若『屈原研究』(1935):湘君を沅湘流域の部族長の神格化と解釈
  • 青木正児『九歌の研究』(1943):水神信仰と巫覡文化の融合を指摘
  • 藤野岩友『巫系文学論』(1951):祭祀詩としての構造分析

民間信仰

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山西省洪洞県羊獬村から歴山・万安一帯には、娥皇女英と結び付けられた湘君信仰が伝えられている。当地では堯・舜の時代に由来するとする伝承があり、娥皇女英は羊獬村では「姑姑」、歴山では「娘娘」と呼ばれている。

この伝承に基づき、「接姑姑迎娘娘」と呼ばれる往来儀礼が行われており、「洪洞走親習俗」として知られる[5]

文化的影響

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  • 絵画:文徴明『湘君湘夫人図』(1517年)など多数の書画題材
  • 詩歌:李白「遠別離」で帝舜伝説と結び付けられる
  • 現代:湖南省岳陽市の湘君文化祭(2006年 - )

関連文献

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脚注

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  1. 屈原. “九歌・湘君”. 楚辞
  2. 王逸. 楚辞章句
  3. 1 2 洪興祖. 楚辞補注
  4. 朱熹 (1195). 楚辞集注
  5. 洪洞走亲习俗”. 中国非物质文化遗产网. 中国非物质文化遗产保护中心. 2026年6月6日閲覧。

関連項目

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