湘南ミュージックスカイウェイ
ナビゲーションに移動
検索に移動
| 湘南ミュージックスカイウェイ Shonan Music Sky Way | |
|---|---|
| ジャンル | 音楽番組・情報番組 |
| 放送方式 | 収録放送 |
| 放送期間 | 1986年 - 1987年8月2日 |
| 放送時間 | 日曜日 16:00 - 16:30 |
| 放送局 | FM横浜 |
| パーソナリティ | 石田紀子 |
| 提供 | 石井食品 |
湘南ミュージックスカイウェイ(しょうなんミュージックスカイウェイ)は、FM横浜(現:FM Yokohama)で1986年から1987年8月まで毎週日曜日16時から16時30分に石井食品の提供で放送されたラジオ番組である。
概要[編集]
タレントの石田紀子が、湘南の上空をヘリコプターで飛び、景色を紹介したり、リスナーからの手紙を読みリクエストに応えて音楽を流したりした。
生放送のように見えるが、実際はフライトする場所で事前に収録をしておき放送と同時に演出として再び同じ場所を飛行していた。いわゆる撮って出しとほぼ同じ形式だった。
パーソナリティーの事故死および番組終了[編集]
1987年8月2日の放送で、石田が勇退し、代わって斉藤仁子がパーソナリティーを務めることが決まっていたが、石田の最終フライトが放送される直前の夕方15時54分頃、茅ヶ崎市の茅ヶ崎西浜海岸上空をフライトした時にヘリコプター(日本農林ヘリコプター所属ユーロコプター エキュレイユ(AS350B)、機体記号JA9355、1983年製造)が墜落、海面に衝突して、転覆し水没、大破した[1]。目撃者らにより全員救助され、茅ヶ崎市内の病院に収容されたが、搭乗していた石田と番組スタッフ1名が死亡、機長と番組スタッフ2名が負傷した[2]。石田は番組の最後に「これから東京ヘリポートへ私の操縦で戻りたいと思います」と挨拶をしてリスナーにお別れしたが、それが結果的に石田の生前最後の挨拶ともなった。この事故を受けて、斉藤が担当する予定だった翌週からの放送が急遽取りやめ(斉藤担当分は結果的にお蔵入り)となり、そのまま打ち切られた。これに伴い、スポンサーを務めていた石井食品も同局の番組提供からは撤退した[3]。
脚注[編集]
- ^ 国土交通省運輸安全委員会 (1988年4月28日). 航空事故調査報告書 (Report). p. 1 2017年11月4日閲覧。.
- ^ 国土交通省運輸安全委員会 (1988年4月28日). 航空事故調査報告書 (Report). p. 3 2017年11月4日閲覧。.
- ^ その後、石井食品は番組終了から2年後の1989年に開局したBayfm(石井食品の本社がある千葉県を主な放送エリアとする)の日曜夕方の番組(『トワイライト・ハイウェイ』、『ビートルズから始まる。』)を2018年の終了まで一社提供した。