渭水

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渭河
延長 818 km
流域面積 13万5000 km²
水源 甘粛省渭源県
河口・合流先 黄河
流域 中国
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現代の渭水流域

渭水(いすい)は、黄河支流の一つ。渭河も呼ぶ。

位置[編集]

甘粛省渭源県の西にある鳥鼠山(鳥鼠同穴山)を源流とする。陝西省咸陽市の南、西安市の北を流れて黄河中流潼関合流。全長818km。流域の盆地は関中渭河平原)と呼ばれる。

支流には「涇渭」という熟語の出典にもなった涇水(けいすい、涇河)、洛水(らくすい、同名の黄河の支流とは異なる。洛河)、灞水(はすい、灞河)、白居易元稹と別れた灃水(ほうすい、灃河)などがある。

西周時代 (紀元前1050年 - 紀元前771年) の人口集中地域。渭水流域への拡がりに注目。

歴史[編集]

渭水の辺には、古来より多くの都が築かれた。主に西周の豊邑と鎬京、咸陽城前漢長安城を挙がれる。

末において、渭水の北岸で釣魚する太公望に、狩猟する文王が出会ったと史記に伝わる[1]宝鶏市には、この故事に依る姜太公釣魚台中国語版がある。

始皇帝において、北岸の咸陽が都築される。前漢において、南岸に築かれた長安が都となる。

代において再び都となり、洛陽との交通により南方からの食料の輸送を担った。文人の題材にも採られ、北岸の渭城は、都から遠方への旅人を送る漢詩を、多く詠われる。

後に黄河の氾濫により運輸に支障が出始め、又時代と共に陸運より海運が主流となると国都も中国東側に移り、渭水の役割は大幅に減少した。現在では、慢性的な水不足と生活廃水、工業排水による水質悪化が著しく、中国の水質基準では最悪の「劣質5」に認定されている[2]

漢詩[編集]

「見渭水思秦川」 [編集]

岑参

渭水東流去

何時到雍州

憑添兩行涙

寄向故園流


渭水は東に流れ去き

何時に雍州に到る

憑き添ひて両行しては涙し

向ひに寄りて故園を流る

「送元二使安西」[編集]

王維

渭城朝雨浥輕塵

客舎青青柳色新

勸君更盡一杯酒

西出陽關無故人


渭城の朝雨は軽塵を浥す

客舎青青柳色を新たにす

君更に一杯の酒尽くすを勧む

西のかた陽関を出づれば故人無からん

「塞上曲」[編集]

陸游

老矣猶思萬里行

翩然上馬始身輕

玉關去路心如鐵

把酒何妨聽渭城


老ひてなお万里を行くを思ふ

翩然として馬に上がれば身を軽くし始め

玉関を去く路では心は鉄のごとし

酒を把れば何ぞ渭城を聴くを妨げむ

注釈[編集]

  1. ^
    於是周西伯獵、果遇太公於渭之陽 — 司馬遷、『史記』「斉太公呂尚」
  2. ^ 中国、黄河支流渭河が深刻な汚染CRL online(2011年9月7日閲覧)