渚のアデリーヌ

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渚のアデリーヌ
リチャード・クレイダーマンシングル
初出アルバム『星空のピアニスト
A面 渚のアデリーヌ(ピアノとオーケストラ)
B面 渚のアデリーヌ(ピアノ・ソロ)
リリース
規格 レコード
ジャンル イージーリスニング
レーベル デルファン(フランス)
ビクター音楽産業(日本)
作詞・作曲 ポール・ドゥ・センヌヴィル
プロデュース ポール・ドゥ・センヌヴィル
リチャード・クレイダーマン シングル 年表
渚のアデリーヌ
/Ballade pour Adeline
1978年
秋のささやき
/A Comme Amour
1979年
ミュージックビデオ
「Ballade Pour Adeline」 - YouTube
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渚のアデリーヌ」(なぎさのアデリーヌ、原題 フランス語: Ballade pour Adeline)は、フランスピアニストリチャード・クレイダーマンのデビュー曲。1976年に発表し、38ヶ国で発売され2200万枚を売り上げる大ヒット曲となった。

概要[編集]

ポール・ドゥ・センヌヴィル作曲。センヌヴィルはこの曲が完成した時、生まれたばかりの次女であるアデリーヌに捧げた。そのため、原題はフランス語で「Ballade pour Adeline(アデリーヌに捧げるバラード)」となっている。

センヌヴィルはこの曲が出来ると、オリヴィエ・トゥッサンと共にこの曲を弾く新しいキャラクターによるピアニストを探し始めた。その新しいキャラクターは当時、ディスコ音楽が全盛となっていき音楽が過激に走って行く時代に、あえてシンプルで美しいメロディーの普遍性を訴えるものでその際、芸名も「リチャード・クレイダーマン」、デビュー曲もこの曲と既に決まっていたという。そこで集まった約20人の中から、ピアノのテクニック、音楽性、そして容姿や性格などいずれにおいても優れていたのが、当時23才のピアニストで、スタジオ・ミュージシャンとして働いていたフィリップ・ロベール・ルイ・パジェス(現在のクレイダーマン)であった。彼はセンヌヴィルが設立し、彼の長女の名前を冠した新しいレコード会社「デルファン」から1976年、この曲でレコードデビューした。

日本では1978年ビクター音楽産業がこの曲を「渚のアデリーヌ」に改題して初めて発売し、1stアルバム『星空のピアニスト』[1] に収録された。現在では(テイク違い、リメイクを含む)数多くのアルバムに収録されている。

トランペット奏者ジャン・クロード・ボレリーも演奏しており、日本でも「アデリーヌの詩」という邦題(フランス語の原題は同じ)で紹介されている。

脚注[編集]

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  1. ^ 日本では当初『渚のアデリーヌ』の題で発売されていた。その後CD化する際に改めた。