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済州SK FC

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
済州(チェジュ)SK FC
제주 SK FC
原語表記 제주 SK 축구단
呼称 済州SK FC
クラブカラー   オレンジ
  赤
創設年 1982年
所属リーグ Kリーグ1
ホームタウン 済州特別自治道
ホームスタジアム 済州ワールドカップ競技場
収容人数 35,545
運営法人 済州SK FC株式会社
代表者 大韓民国の旗 金鍾和(朝鮮語版)
監督 ポルトガルの旗 セルジオ・コスタ(朝鮮語版)
公式サイト 公式サイト
ホームカラー
アウェイカラー
■テンプレート(■ノート)■サッカークラブPJ

済州SK FC(チェジュSK FC、韓国語: 제주 SK FC、英語: Jeju SK FC)は、大韓民国の済州特別自治道をホームタウンとするプロサッカークラブである。韓国プロサッカーリーグ(Kリーグ)に所属しており、クラブハウス及びホームスタジアムは済州島南部の西帰浦市に所在する。運営法人は「済州SK FC株式会社」でSKエナジー(朝鮮語版)(旧:油公)の完全子会社である。

歴史

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1982年12月17日、ハレルヤFCに次ぐ国内2番目のプロサッカークラブとして油公FC(ユゴンFC、유공 축구단)の名で創設[1][2][注釈 1]、マスコットにはゾウが採用され、これに因んで油公コッキリFC(ユゴン・コッキリFC、유공 코끼리 축구단、コッキリは朝鮮語でゾウの意)の愛称がつけられた。翌1983年に発足したKリーグ(当時はスーパーリーグ)には初年度より参加、当時のホームタウンはソウル特別市・仁川直轄市・京畿道が割り当てられていた[3][4]が、当時のリーグはホーム・アンド・アウェー方式ではなく全国ツアーのように各都市を巡回しながら集中開催する方式であったため、「ホームタウン」と言っても名ばかりのものであった[3]。

1984年、ラッキー金星ファンソ、現代ホランイFC、韓一銀行FC(朝鮮語版)の3クラブがリーグに参入[5][6]したことからホームタウンの割り当てが変更され、油公にはソウル特別市のみが割り当てられた[7]。1987年には広域地域ホームタウン制とホーム・アンド・アウェー方式が導入され、油公には仁川直轄市・京畿道が割り当てられた[8] [9][10]。しかし、翌年にはソウル特別市へのホームタウン移転を計画[11]、1990年に都市地域ホームタウン制が導入されると、翌1991年からソウル特別市の東大門運動場をホームスタジアムとして活動することとなった[12] 。

1996年、韓国プロサッカー連盟(朝鮮語版)と大韓民国政府が2002 FIFAワールドカップ招致に向けて実施した「ソウル縁故空洞化政策(朝鮮語版)」によりホームタウンを京畿道富川市に移転し、クラブ名も富川油公コッキリ(プチョン・ユゴン・コッキリ、부천 유공 코끼리)に改称[13][14][15]、1997年10月には、親会社の社名変更に伴い富川SK FC(プチョンSK FC、부천 SK 축구단)に改称された[16]。当初は富川市内にKリーグを開催できるスタジアムが存在しなかったためソウル特別市の木洞運動場(朝鮮語版)でホームゲームを行っていたが、2001年に富川総合運動場が竣工、以降は同スタジアムをホームスタジアムとして使用した。

2006年2月2日、ホームタウンを富川市から済州特別自治道に移し、クラブ名を済州ユナイテッドFC(チェジュ・ユナイテッドFC、제주 유나이티드 FC)へ改称[17][18][19]、これにより、済州特別自治道をホームタウンとする初のKリーグクラブとなった。移転の背景には、2002年の日韓ワールドカップに合わせて建設された済州ワールドカップ競技場が大会終了後にあまり活用されておらず、有効利用が課題となっていたこと、平均観客動員数がリーグ最下位でクラブ運営に支障をきたしていたこと[注釈 2]、更に、Kリーグ加盟14クラブ中5クラブが首都圏に集中している不均衡を解消し、国内プロサッカー界の拡大・発展を図ることという理由があった[20][21]。しかし実際には、仁川広域市のSK貯油所内に置いていたクラブハウスが再開発によって貯油所とともに閉鎖されることになり、SK側は新クラブハウス建設のための用地提供を富川市に求めたものの、財政的な問題を抱える富川市はこれを拒否、そこに済州特別自治道と西帰浦市が済州ワールドカップ競技場の使用料の減免や新クラブハウスの敷地の無償提供などのオファーを出し、SK側もこれを受け入れたことで移転が実現した[22]。このホームタウン移転は電撃的に行われたため、韓国サッカー界を巻き込む大騒動に発展した[23][24][25][26][27][28]。また2007年には、ホームクラブを失った富川時代のファンたちによって「富川FC 1995」が新たに創設され[29]、翌年よりチャレンジャースリーグに参加、2013年よりKリーグに参入している。

2010年、リーグ戦2位でプレーオフに進出し、チャンピオン決定戦でFCソウルに敗れたもののAFCチャンピオンズリーグ2011の出場権を得たが、グループステージで敗退した。

全北現代モータースの審判買収問題で繰り上げ出場となったAFCチャンピオンズリーグ2017では、グループステージでガンバ大阪に2勝するなどして初めてラウンド16に進出したが、浦和レッズに2戦合計2-3で敗れ、初のベスト8進出とはならなかった。

2019年、Kリーグ1を最下位で終えてKリーグ2への降格が決まった。

2020年、Kリーグ2で優勝、2021年からKリーグ1に昇格した。

2025年1月6日、済州と親会社であるSKエナジーの結びつきをより強固にするためとして、クラブ名を済州SK FC(チェジュSK FC、제주 SK FC)に改称した[30][31]。

AFCチャンピオンズリーグにおける暴力事件

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2017年5月31日のAFCチャンピオンズリーグ(ACL)の浦和レッズ戦で、試合中から試合後にかけて暴力行為を繰り返したことにより、所属する3選手(權韓眞、趙容衡、白棟圭)が資格停止と制裁金を科せられ、済州ユナイテッドに対しても4万ドル(約440万円)の制裁金が科された。 この判定に対して済州ユナイテッドFCおよび大韓サッカー協会は「挑発してきたのは浦和」として反発、「我々もリスペクトされる権利がある」としてスポーツ仲裁裁判所に処分軽減を求めて控訴を行った[32][33]。

過去の成績

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シーズン ディビジョン 韓国FAカップ チャンピオンシップ
リーグ試勝分敗得失点順位
1983 Kリーグ3位-大会なし
1984 Kリーグ前期1位
後期5位
-準優勝
1985 Kリーグ5位-大会なし
1986 Kリーグ前期3位
後期4位
-資格なし
1987 Kリーグ3位-大会なし
1988 Kリーグ-大会なし
1989 Kリーグ優勝-大会なし
1990 Kリーグ4位-大会なし
1991 Kリーグ4位-大会なし
1992 Kリーグ6位-大会なし
1993 Kリーグ5位-大会なし
1994 Kリーグ2位-大会なし
1995 Kリーグ前期5位
後期2位
-資格なし
1996 Kリーグ前期4位
後期2位
準決勝敗退資格なし
1997 Kリーグ10位準々決勝敗退大会なし
1998 Kリーグ7位ベスト16資格なし
1999 Kリーグ3位準々決勝敗退3位
2000 Kリーグ27106114535362位準決勝敗退準優勝
2001 Kリーグ2771462929357位ベスト16大会なし
2002 Kリーグ2788113240328位ベスト16大会なし
2003 Kリーグ443122939732112位準決勝敗退大会なし
2004 Kリーグ前期12位
後期10位
準優勝資格なし
2005 Kリーグ前期7位
後期2位
ベスト16資格なし
2006 Kリーグ前期14位
後期10位
ベスト32資格なし
2007 Kリーグ26861227353011位準決勝敗退資格なし
2008 Kリーグ26771223312810位ベスト32資格なし
2009 Kリーグ28771422442814位準々決勝敗退資格なし
2010 Kリーグ2817835425592位準決勝敗退準優勝
2011 Kリーグ301010104445409位ベスト16資格なし
2012 Kリーグ441615137156636位準決勝敗退大会なし
2013 Kクラシック381610125146589位準決勝敗退
2014 Kクラシック381412123936545位ベスト32
2015 Kクラシック38148165556506位準々決勝敗退
2016 Kクラシック38178137157593位ベスト32
2017 Kクラシック38199106037662位ベスト16
2018 Kリーグ1381412124141545位準々決勝敗退
2019 Kリーグ1385122145722712位ベスト16
2020 Kリーグ2271863502360優勝ベスト16
2021 Kリーグ1381315105241544位3回戦敗退
2022 Kリーグ1381410145250525位ベスト16
2023 Kリーグ1
2024 Kリーグ1
2025 Kリーグ1

タイトル

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国内タイトル

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Kリーグ1:1回
1989
Kリーグ2:1回
2020
Kリーグカップ:3回
1994アディダスカップ, 1996アディダスカップ, 2000大韓火災カップ

現所属メンバー

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2026年3月20日現在

注:選手の国籍表記はFIFAの定めた代表資格ルールに基づく。

No. Pos. 選手名
1 GK 大韓民国 金東俊
2 DF ポルトガル トビアス
3 DF フランス セレスティーヌ(フランス語版) (イタリアの旗)
4 DF 大韓民国 許强俊
5 MF ブラジル イターロ(朝鮮語版)
6 DF 大韓民国 權奇玟
7 FW 大韓民国 朴彰俊(朝鮮語版)
8 MF 大韓民国 李昌珉(朝鮮語版)
9 FW ブラジル アイアス
11 FW 大韓民国 申相垠(朝鮮語版)
13 DF 大韓民国 鄭澐(朝鮮語版)
17 DF 大韓民国 兪仁秀
18 FW 大韓民国 金信珍(朝鮮語版)
19 FW 大韓民国 金炫祐(朝鮮語版)
No. Pos. 選手名
20 DF 大韓民国 張敏圭
22 FW アルバニア チナリ(英語版)
23 DF 大韓民国 任倉佑(朝鮮語版)
24 FW 大韓民国 崔丙昱(朝鮮語版)
31 GK 大韓民国 チュ・スンミン(朝鮮語版)
39 MF 大韓民国 キム・ジェミン
40 DF 大韓民国 金侖成(朝鮮語版)
41 DF 大韓民国 金載雨(朝鮮語版)
47 DF 大韓民国 朴民在
55 MF 大韓民国 カン・ドンフィ(朝鮮語版)
77 FW 大韓民国 ユ・スンジェ
81 GK 大韓民国 許仔雄(朝鮮語版)
88 DF 大韓民国 趙仁貞(朝鮮語版)
94 FW ブラジル ネゲバ(英語版)

期限付き移籍

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注:選手の国籍表記はFIFAの定めた代表資格ルールに基づく。

No. Pos. 選手名
GK 大韓民国 安燦基(朝鮮語版) (金泉尚武FCへ)
GK 大韓民国 ホ・ジェウォン(ドイツの旗 FCバイエルン・ミュンヘンU-19へ)
DF 大韓民国 金泰煥 (金泉尚武FCへ)
DF 大韓民国 キム・ジウン (晋州市民FC(朝鮮語版)へ)
No. Pos. 選手名
MF 大韓民国 呉宰奕(朝鮮語版) (金泉尚武FCへ)
MF 大韓民国 キム・ジュンハ(朝鮮語版) (金泉尚武FCへ)
FW 大韓民国 李建喜(朝鮮語版) (金泉尚武FCへ)
FW リトアニア ギティス(リトアニア語版)(全北現代モータースへ)

歴代監督

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歴代所属選手

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アカデミー

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U-18チームについては2010年に西帰浦高等学校(朝鮮語版)サッカー部と3年間の運営協約を結んでいたが、2013年からは自前のU-18チームを設立して運営を行っており、選手たちは済州第一高等学校(朝鮮語版)付設放送通信高等学校に通学することになっている[34]。一方で、U-15チームについては済州中学校(朝鮮語版)と運営協約を結んで、2018年から同校サッカー部として運営を行っている。

脚注

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注釈

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  1. ↑ なお、ハレルヤFCは1998年を以て解散しているため、済州は現存する国内最古のプロサッカークラブとなっている。
  2. ↑ なお、済州移転後の2011年の観客動員数はKリーグ16クラブで最下位であった。

出典

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  1. ↑ “유공프로축구내일 창단”. 中央日報. 1982年12月16日. 2026年8月9日閲覧.
  2. ↑ “[히스토리 J] 1982~3년 : 최고(最高)를 꿈꾸며 최고(最古)가 된 유공 축”. InterFootball (2012年4月18日). 2026年8月11日閲覧。
  3. 1 2 “K리그 역사”. 韓国プロサッカー連盟(朝鮮語版). 2013年10月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2026年8月11日閲覧。
  4. ↑ “蹴球슈퍼리그 5월7일 出航”. 毎日経済新聞. 1983年4月12日. 2026年8月11日閲覧.
  5. ↑ “韓一銀 내년 슈퍼리그 進出”. 毎日経済新聞. 1983年11月3日. 2026年8月11日閲覧.
  6. ↑ “’83핫이슈 <1> 축구”. 毎日経済新聞. 1983年12月13日. 2026年8月11日閲覧.
  7. ↑ “슈퍼리그 6개팀 연고지 새로확정”. 京郷新聞. 1984年2月28日. 2026年8月11日閲覧.
  8. ↑ “K리그 역사”. 韓国プロサッカー連盟. 2016年3月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2026年8月11日閲覧。
  9. ↑ “"잔디 밟지 마시오"”. 東亜日報. 1986年12月18日. 2026年8月11日閲覧.
  10. ↑ “[히스토리 J] 1987년 : '뒷심 부족' 유공, 잡힐 듯 잡히지 않는 우승”. InterFootball (2012年6月11日). 2026年8月11日閲覧。
  11. ↑ “88代表 프로무대서"비실비실"”. 京郷新聞. 1988年4月14日. 2026年8月11日閲覧.
  12. ↑ “유공 4년 만에 서울로 돌아와”. 月間蹴球(朝鮮語版) 1月号: 100.
  13. ↑ “유공 연고지 부천으로”. ハンギョレ. 1996年1月5日. 2026年8月11日閲覧.
  14. ↑ “서울연고공동화정책은 청와대의 강제 지시”. zxnmbvc (2010年4月6日). 2026年8月11日閲覧。
  15. ↑ “프로축구, 지역연고제 정착의 해로”. オーマイニュース. 2003年1月18日. 2026年8月11日閲覧.
  16. ↑ “부천유공,부천SK로 변경”. ハンギョレ. 1997年10月2日. 2026年8月11日閲覧.
  17. ↑ “[프로축구]프로축구 부천 SK 연고지 제주로 옮겨”. 東亜日報. 2006年2月3日. 2026年8月11日閲覧.
  18. ↑ “부천SK 연고지 제주로 이전”. 京郷新聞. 2006年2月2日. 2026年8月11日閲覧.
  19. ↑ “<프로축구단 연고지 이전 사례>”. 聯合ニュース. 2006年2月2日. 2026年8月11日閲覧.
  20. ↑ “정순기 SK축구단장 “축구 불모지에 ‘프로 꽃’ 피울것””. スポーツ京郷. 2006年2月2日. 2026年8月11日閲覧.
  21. ↑ “[김현회] 접근성 부족한 서귀포? 거길 택한 건 당신들인데”. スポーツニアス. 2017年7月18日. 2026年8月11日閲覧.
  22. ↑ “‘5228일’ 부천 팬들은 왜 제주와의 맞대결을 고대했을까?”. ハンギョレ. 2020年5月27日. 2026年8月11日閲覧.
  23. ↑ “부천 축구팬 충격 "SK프로축구단,부천시대 안녕"”. 富川タイムズ. 2006年2月2日. 2026年8月11日閲覧.
  24. ↑ “'연고 이전 악연' 부천-제주, 26일 K리그2 첫 맞대결”. 聯合ニュース. 2020年5月25日. 2026年8月11日閲覧.
  25. ↑ “K리그 서포터스 ‘SK 이전 반대 비대위’ 구성”. 韓国放送公社. 2006年2月6日. 2026年8月11日閲覧.
  26. ↑ “연고이전 반대 비상대책위 기자회견(2006.2.8)”. walk around (2011年1月28日). 2026年8月11日閲覧。
  27. ↑ “부천SK 연고지이전 후 준비한 성명서 및 축구팬에 대한 제안”. walk around (2011年10月15日). 2026年8月11日閲覧。
  28. ↑ “연고이전 반대 거리시위(2006.2.14)”. walk around (2011年1月28日). 2026年8月11日閲覧。
  29. ↑ “부천 시민구단, '부천 FC 1995' 로 창단”. OSEN(朝鮮語版). 2007年10月24日. 2026年8月11日閲覧.
  30. ↑ 済州ユナイテッドFC [@jejuunitedfc] (2025年1月6日). “제주유나이티드 ▶️ 제주SK FC (JEJU SK FC) 구단명 및 엠블럼 변경!”. Instagramより2025年1月6日閲覧.
  31. ↑ “[공식발표]제주 유나이티드, '제주SK FC' 새출발”. 朝鮮日報. 2025年1月6日. 2026年8月9日閲覧.
  32. ↑ “「我々もリスペクトされる権利がある」 済州が韓国紙で衝撃の主張、CASに控訴の強硬姿勢”. FOOTBALL ZONE. 2017年6月12日. 2024年3月14日閲覧.
  33. ↑ “「浦和が挑発」と一貫して主張する韓国側 済州の二の舞防ぐ“再発防止策”を検討”. FOOTBALL ZONE. 2017年6月14日. 2024年3月14日閲覧.
  34. ↑ キム・ムンギ (2012年7月1日). “제주 유나이티드, 내년 초.중.고 유소년팀 창단” (韓国語). 済州日報. 2025年1月23日閲覧。

外部リンク

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