清水りょう

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しみず りょう
清水 りょう
本名 清水 芳成
別名義 清水 伶、清水 リョウ
生年月日 (1976-11-04) 1976年11月4日(43歳)
出生地 日本の旗 日本東京都
血液型 O型
職業 映像作家
公式サイト miu reel
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清水 りょう(しみず りょう、本名:清水芳成、1976年11月4日 - )は、日本の映像作家であり、CMディレクターミュージック・ビデオディレクター映画監督脚本家など。 日本映画監督協会会員。

来歴[編集]

1990年、実家がレンタルビデオ店を開業。店番を手伝いながら映画三昧の日々で影響を受け、俳優を志し芸能事務所に所属。しかし、林海象が企画・原案・総合監督を務めた映画作品「アジアンビート」シリーズを観て、各国監督の演出の違いに興味を持ち、映画監督への道にシフトチェンジすることに。役者としての活動は続けつつ、シナリオセンターに通い将来へ備える。

1997年日本大学経済学部を中退し、東京映像芸術学院へ入学。園子温今関あきよしなどに学ぶ。新聞奨学生として働きながら、3本の中・短編映画を監督した。

1998年竹内鉄郎率いる竹内芸能企画の扉を叩き、ギターウルフや当時歌手活動もしていたネプチューン (お笑いトリオ)などのミュージック・ビデオ制作に参加。

1999年、CM制作会社TC.MAXに入社。在籍中にミュージック・ビデオ制作集団を立ち上げ、数々の作品を監督する。

2001年、独立。屋号をmiu reel(ミュウリール)とし、フリーランスミュージック・ビデオ作家として活動をスタートさせた。その後、CMイベント番組ドラマなど、幅広いジャンルで映像を監督するようになる。

2008年には宣伝会議主催の講座にて、クリエイティブ・ディレクター箭内道彦に学ぶ。翌年には映画監督の顔も持つシンガーソングライター俳優泉谷しげるとネット放送局を立ち上げ、彼の指導の元で撮影・編集を担当する。清水は初めて師事した竹内鉄郎と合わせ、この3名の個性的で破天荒な創作活動に憧れ、師と仰いでいる。

エピソード[編集]

公式サイトの記述によると[1]GREE開発者の田中良和 (実業家)とは高校時代の友人である。お互いの分岐点に再会し酒を酌み交わすも、飲み過ぎていい思い出にはならなかったとのこと。

2006年、所属する日本映画監督協会製作の映画「映画監督って何だ!」に参加した際に、映画監督を志すきっかけとなった林海象が劇中劇を監督。映像編集担当として彼の作品を編集した清水は「他人に編集してもらって一発OKを出したのは初めてだ!」と褒められ感激したという。また、同作品本編の監督を務めた伊藤俊也より芸名を正しく呼んでもらえなかったことをきっかけに表記を変えた。過去には清水伶、清水リョウを用いていた。

作品[編集]

主な監督作品[編集]

CM[編集]

ミュージック・ビデオ[編集]

インディペンデント映画[編集]

  • cable(2005年制作、プロデュース・脚本・総合監督・編集・出演)ショートショートフィルムフェスティバル & ASIA 2008 NEO Japan選出/松竹主催ショートフィルムコンテストC’s NEXT第2回Survive.8ノミネート
  • サプリライズ VOL.01 手繰る糸(2006年制作、プロデュース・原案・監督・2ndCAM撮影・美術・編集)
  • 大満月 Legend of Greatest Full Moon(2007年制作、監督・編集)
  • 5 seconds(2007年制作、プロデュース・脚本・監督・撮影・編集)ニッポン放送他主催デジタルショートアワード第1回本選ノミネート
  • OFF-LINE(2008年制作、プロデュース・原案・監督・撮影・編集)
  • 鏡花ーFrom Geisha’s eyesー(2009年制作、プロデュース・原案・総合監督・編集・出演)
  • Queers!!(2012年イベント上映、共同脚本・監督・撮影・編集)

イベント・発表会[編集]

ビデオパッケージ(広告)[編集]

ビデオパッケージ(エンターテインメント)[編集]

  • 平原綾香「LIVE TOUR 2006 “4つのL”」DVD収録ドキュメンタリー映像
  • 上戸彩「UETO AYA LIVE TOUR 2005 “元気ハツラツぅ?”」DVD収録ドキュメンタリー映像
  • 安倍なつみ「DVD MAGAZINE VOL.2」
  • メロン記念日「DVD MAGAZINE VOL.3」

WEB・モバイルコンテンツ[編集]


参加作品[編集]


脚注[編集]

  1. ^ 自分史2013


外部リンク[編集]