清元梅吉

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清元 梅吉(きよもと うめきち)は、清元三味線方の名跡。4代を数える。

初代[編集]

天保12年(1841年) - 明治40年(1907年2月1日)本名は藤間寿兵衛(または藤次郎)。

藤間流の踊り師匠の子。清元梅次郎の門下。1880年に廃業し寿兵衛と改名し弟子の清元梅三郎に梅吉の名を譲った。

作曲には「宮比御神楽」。

実子が3代目清元太兵衛。孫が長唄三味線方の人間国宝杵屋栄二

2代目[編集]

嘉永7年5月20日1854年6月15日) - 明治44年(1911年5月14日)本名は松原清吉。

初代の弟子。江戸神田の生まれ(諸説あり)、初名を初代清元梅三郎1865年10月江戸中村座で初舞台。1870年に2代目梅吉を襲名。4代目・5代目清元延寿太夫の立三味線を務め、妻は4代目延寿太夫と清元お葉の長女はる。作曲に「清海波」「三千歳」「雁金」「隅田川」など多数。

3代目[編集]

(明治22年(1889年12月27日 - 昭和41年(1966年6月1日)本名は松原清一。

4代目[編集]