深田直城

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

深田 直城(ふかだ ちょくじょう、文久元年7月14日1861年8月19日) - 昭和22年(1947年))は、明治時代日本画家で文展(現日展)審査員を務めた。

略歴[編集]

深田直城は、文久元年7月14日(1861年8月19日)に近江国膳所藩(現滋賀県大津市)に生まれた[1]森川曾文に師事し四条派を学び明治15年(1882年)第1回内国絵画共進会で入選、明治17年(1884年)には受賞し、後に京都画学校教授を務め、明治40年(1907年)正派同志会展審査員、文展審査員などを歴任した[1]。明治19年(1886年)より居所を大阪に移し、大阪画壇の中心的人物の一人となった[2]。名は政孝、字は子簽、別号を秋月と称した[1]

作品[編集]

作品名 技法 形状・員数 寸法(縦x横cm) 所有者 年代 出品展覧会 落款・印章 備考
春秋花鳥図 絹本著色 双幅 137.8x85.5(各) 泉屋博古館 明治時代 款記「直城」[3]
海辺群鶴之図 紙本金地著色 六曲一双 163.3x360.0(各) 泉屋博古館 1913年(大正2年) 款記「直城」[3]

関連事項[編集]

  • 「深田直城肉筆絵手本」(出版者不明)
  • 「小学日本画帖入門」(細謹舎 1900年)
  • 「深田直城筆《直城狂画帖》における近世と近代」(柴田就平 関西大学博物館 2011年)
  • 「日本百家絵画展覧会写真帖 大阪新報社主催」 「水中遊鯉 深田直城」の項(油谷達編 油谷博文堂 1911年)

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ a b c 「思文閣 美術人名辞典」(思文閣)
  2. ^ 大阪芸術大学. “大坂画壇への誘い 深田直城”. 2013年7月21日閲覧。
  3. ^ a b 泉屋博古館編集 『泉屋博古 近代日本画』 公益財団法人 泉屋博古館、2017年2月25日、pp.54-57,188。