浸透戦術

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浸透戦術(しんとうせんじゅつ、英語: Infiltration tactics)とは、一般に第一次世界大戦後半に採られたドイツ軍の戦術のことを指す。ただし、連合軍による他称であり、当のドイツ軍はとくに名称を付けていない。[1]

語源[編集]

1916年ヴェルダンの戦いで、抵抗点をバイパスしてできるかぎり前へ押し出すドイツ歩兵の姿を見て、フランス側はこれを浸透戦術と呼び始めた。ただ、ドイツ側はとくに名称を付けていない。[2]

1917年9月のリガ攻勢では、ドイツ軍のこれまでの防御・反撃手法が大規模な攻撃手法に転用され、連合軍は注目した。「攻勢直前に歩兵を最前線に集結させること」「毒ガス弾を混ぜた短時間の強烈な砲撃」「強点をさけて弱点攻撃する」などが観測され、攻撃司令官の名をとってユティエ戦術と連合軍側は呼んだ。[3]この、いわゆるユティエ戦術は1918年の春季大攻勢でさらに発展し、小部隊にかぎらない広い意味で浸透戦術と呼ばれるようになった

概説[編集]

1918年の春季大攻勢におけるドイツ軍の攻撃手法、いわゆる浸透戦術についてジョナサン・ハウスは4つの要素に集約している。[4]

  1. 砲撃:ブルフミュラーに代表される砲兵将校たちは砲撃手法を変えた。注意深く調整されており短いが強烈な砲撃により、(敵の撲滅ではなく)敵を混乱させ防御システムの無力化を目指した。
  2. 突撃隊:攻撃の先鋒を務める突撃大隊は迫撃砲、歩兵砲、火炎放射器などが配備され、敵の強固な陣地を攻撃できるよう訓練されていた。
  3. 敵強点のバイパス:突撃部隊は敵の抵抗の中心をバイパスして突進するよう教育されていた。小部隊指揮官は自分の側面を顧みることなく、敵防御のすき間へと前進する権限を有していた。
  4. 敵後方地区の崩壊:春季大攻勢の当初、攻撃準備射撃により通信と指揮所を破壊し、浸透する歩兵も同じような施設を破壊しながら前進した。これにより、イギリス兵は士気崩壊を起こし、4日間で38キロも後退させられた。フラーによれば、イギリス軍は後方部隊から先に崩壊して敗走していったように見えたという。

いうなれば、戦車のない電撃戦である。[5]春季大攻勢の最初において、これまでの西部戦線の戦いとは異なりドイツ軍は何十キロも前進した。しかし、最初の成功を拡張する機動力がなかったうえ、作戦レベルの目標を明確にしていなかったため、ただ突出部をつくるだけで作戦次元ひいては戦略次元の勝利につなげることができなかった。[6]

議論[編集]

ルプファー、グドマンドソン、サミュエルズといった冷戦期を中心とした著作は、第一次大戦期におけるドイツ軍戦術の優勢を主張しているが、近年イギリスでは否定される傾向にある。[7]たとえば、イギリスの軍事史家パディ・グリフィスは、イギリス大陸派遣軍によるSS143「小隊攻撃訓練に関する訓令」を紹介し、小部隊における浸透戦術がドイツ軍の専売特許ではないことを論じている。ドイツ軍とおなじように、イギリス軍もまた1915年にエリート襲撃・擲弾チームを編成して塹壕襲撃を行っており、かれらには軽機関銃浸透、強烈な迫撃砲弾幕、そして“任務指揮”が推奨されていた。1916年ソンムの一連の戦闘でこれらの技術は発展精緻化され、1916-17年冬を通して一般歩兵に波及していった。それまでの戦訓が集約された1917年2月の「小隊攻撃訓練に関する訓令」はドイツ突撃隊ハンドブックと言ってもいい内容のものだという。[8]

そして、1917年パッシェンデールの戦いでドイツ軍は理想的な防御態勢を築いていたにもかかわらずイギリス軍にあと一歩のところまで追いつめられ、逆に1918年3月の春季大攻勢でイギリス軍の貧弱な防御態勢にもかかわらずドイツ軍は多大な死傷者を出した。最後の百日攻勢では、ドイツ軍を押し潰すことができるほど戦術的に成長していた。こうしたイギリス軍戦勝の基礎は、モナッシュ、ブリュティネル、フラーといった偶像に代表されるようなアンザック、カナダ軍、戦車軍団ではなく、イギリス本国軍である。そしてこの“イギリス本国軍”こそが、ドイツを抑えて、大戦後半において世界の最先端を走っていたのだとグリフィスは主張している。[9]

[編集]

  1. ^ Lupfer, 42.
  2. ^ Gudmundsson, 66; Lupfer, 42.
  3. ^ Wictor, 229-233. オスカー・フォン・ユティエ (Oskar von Hutier) の名はユグノーの家系であるためフランス語読みされる。フリーザー『電撃戦という幻 <上>』30頁;フリーザー『電撃戦という幻 <下>』239頁。
  4. ^ House, 51-56.
  5. ^ House, 56.
  6. ^ Gudmundsson 178; House, 55.
  7. ^ Winter, ed, 661.
  8. ^ Griffith, 76-79, 193-194. フランス軍における小部隊戦術の発展は、参謀本部編『世界大戦ノ戦術的観察(第二巻)』103-112頁および参謀本部編『世界大戦ノ戦術的観察(第三巻)』97-133頁を参照のこと。
  9. ^ Griffith, 192-200.

参考文献[編集]

関連項目[編集]