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浮遊音調

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

浮遊音調[1](ふゆうおんちょう、: floating tone)とは音韻規則が適用されるものの[2]、特定の音節[注 1]とは連結しない音調あるいは声調(英語: tone)のことである[4]アフリカの諸言語に関する文献において認められる[5]。言語によってはたとえば英語の of に相当する役割を果たすなど単独で形態統語的なドイツ語版標識として用いられる場合もしばしば見られ、少なくとも Goldsmith (1976:57–62) が浮遊音調を「派生の最中のある点において母音と融合し、声調としての素性英語版: features)を母音に渡す声調のためだけに指定された分節音[注 2]」(1976:57) と定義して以来、浮遊音調は現代言語学理論において十分に認められた概念として通用している[7]

概要

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たとえば Clements & Ford (1979) によれば、ケニアで話されているバントゥー語の一つであるキクユ語(Kikuyu、Gĩkũyũ)の現代語における ikara〈炭〉という語は īkāráꜝ、つまり「低低高 [8] と表されるように末尾にダウンステップ[注 3]が見られる。ここでキクユ語と系統が近い他の言語[注 4]と比較すると複数の名詞や形容詞の同系語において声調パターンの違いが見られ[8]、キクユ語においては声調の推移があったことが考えられるが、他の近縁言語における ikara の同系語に見られる声調パターンから得られた「低、高、超低」のうち最後の超低声調はどの音節とも結びつかないと分析されている[11]。このときに余った超低声調は「自由超低声調」(: free extra-low tone)と呼称されている[11]が、同論文において freefloating という語と互換性があることが示唆されている[12]ため、これは浮遊超低音調という浮遊音調の一種であるということになる[注 5]。Clements & Ford (1979) はまた、ダウンステップの実体はダウンステップが現れる場所であればどこであろうと浮遊音調と分析されることとなり、キクユ語のようにダウンステップの実体と特別な音調との間に共時的な交替が一切見られない場合でもあてはまると主張している[13]

カメルーン西部州北西州で話されている50を超える言語からなる[14]草原バントゥー諸語英語版: Grassfields Bantu)においては形態素の一種としての浮遊音調が動詞や文法標識において見られ、特に動詞の接辞をはじめとする諸々の文法標識は多くの場合浮遊音調1つのみによって表されている[4]。草原バントゥー諸語に属するイェンバ語(Yemba; 別名: Dschang Bamileke)には以下のような独立の形態素としての浮遊音調の例が見られる(Tadadjeu 1974)[15]

  • 例1: /lə̀tɔ́ŋ ́ mə̀sə́ŋ/[lə̀tɔ́ŋ mə́ˈsə́ŋ][注 6]〈鳥たちの羽〉
  • 例2: /m̀ˈbhù̵ ̀ mə̀sə́ŋ/[ˈˈḿbhù̵ mə̀sə́ŋ][注 7]〈鳥たちの犬〉

脚注

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注釈

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  1. ^ Clements & Ford (1979) においては「声調を担う単位」(: tone-bearing unit(s))という用語が用いられ、その下位概念が音節や音節脚韻: syllable final (rhyme))であるとされている[3]
  2. ^ ただしこの定義に関しては、浮遊音調は超分節的なものであるため問題があるという指摘が存在する[6]
  3. ^ : downstep声調素ドイツ語版: tonemes)の高さに2段階あるいは3段階の差が見られる現象[9]。ある点を境界としてそれよりも前の声調素が全て同じ高さとなるが、境界より前の声調素が全て低いものである場合その連続する声調素は一律に高いものとなる上、境界より後の声調素は元々の高さの差を保ったまま一律に低いものとなる[9]IPAにおいてダウンステップは あるいは により表される。たとえばキクユ語において ti irigithathi〈長子ではない〉と言う場合の irigithathi の声調パターンは「高高 高低低」である[10]が、これは最も低い声調を持つ音節を「1」とした場合「33211」となるという意味である。なお、Beckman & Pierrehumbert (1986) のように日本語にもダウンステップが見られると主張する研究が存在する。
  4. ^ 具体的には ザラカ語英語版(Tharaka)、カンバ語(Kamba、Kikamba)、ムウィンビ語英語版Mwīmbī)の3言語を指す。
  5. ^ なおキクユ語の mũrangi〈竹〉について ikara の例と同様の手法を用いて分析を行い、近縁言語における同系語から得られた声調パターン「低低高」を音節に結びつけようとすると最後の高声調が余るが、この場合余った高声調は一つ前の音節と結びついている低声調と連結して音声的には上昇調として現れ、「低低昇」となると説明されている[11]
  6. ^ ここで ˈ を用いて表されているものは、厳密には「ダウンステップした高声調」である[16]
  7. ^ ここで ˈˈ を用いて表されているものは、厳密には「二重ダウンステップ」である[15]

出典

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  1. ^ 文部省 編 (1997).
  2. ^ Crystal (2008).
  3. ^ Clements & Ford (1979:181).
  4. ^ a b Watters (2003:237).
  5. ^ Clements & Ford (1979:205).
  6. ^ Wakefield (2016).
  7. ^ Good (2003:105).
  8. ^ a b Clements & Ford (1979:187).
  9. ^ a b Kagaya (1981:3).
  10. ^ Kagaya (1981:7,9).
  11. ^ a b c Clements & Ford (1979:191).
  12. ^ Clements & Ford (1979:186).
  13. ^ Clements & Ford (1979:206).
  14. ^ Watters (2003:225).
  15. ^ a b Schuh (1978:253).
  16. ^ Schuh (1978:240f).

参考文献

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英語:

日本語:

関連文献

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  • Goldsmith, John (1976). "An overview of autosegmental phonology." Linguistic Analysis 2, 23–68.
  • Tadadjeu, Maurice (1974). "Floating tones, shifting rules, and downstep in Dschang Bamiléké." In Leben, William R. (ed.) Papers from the 5th Annual Conference on African Linguistics. Studies in African Linguistics. Supplement 5. 283–290. Los Angeles: African Studies Center & Department of Linguistics, University of California (UCLA).