浪ノ音健藏
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浪ノ音健藏(なみのおとけんぞう、1882年3月14日-1967年11月25日[1][2])は、高砂部屋に所属した元力士。11代振分。本名は鎌田健藏。現在の青森県青森市出身。166cm、79kg。最高位は西関脇[3]。
経歴[編集]
1898年1月初土俵、1906年1月新入幕。入幕3場所目には小結に上がり、当時大関であった荒岩亀之助を引き落としで破る殊勲を挙げた。1907年5月関脇昇進。1914年5月引退し11代振分を襲名[3]。1961年1月定年退職。
1911年1月に起きた新橋倶楽部事件では力士側代表として協会との交渉に当たった[4]。
取り口[編集]
前捌きのうまさから、右前ミツ、左ハズ、または右差し一気の寄りが持ち味であった。さらには巻き落としや蹴返しなども得意の、速攻相撲の技能派だった[3]。
成績[編集]
- 幕内16場所55勝56敗30休19分預
- 通算20場所65勝59敗30休23分預
改名[編集]
浪ノ音→岩木山→浪ノ音 [5]
出典 [編集]
- ^ 相撲人名鑑(浪ノ音健藏)(アーカイブ)
- ^ http://sumodb.sumogames.de/Rikishi.aspx?r=3576&l=j
- ^ a b c ベースボールマガジン社『大相撲名門列伝シリーズ(3) 高砂部屋』p19
- ^ 三宅充 「大相撲なんでも七傑事典」569頁(講談社+α文庫)
- ^ 大相撲力士名鑑平成13年版、水野尚文、京須利敏、共同通信社、2000年、ISBN 978-4764104709