浜田港

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浜田港(はまだこう)は、島根県浜田市にある港湾。港湾管理者は島根県で、港湾法上の重要港湾港則法上の特定港に指定されている。 地元では浜田漁港と区別するために商港とも呼ばれている。

歴史[編集]

浜田港の歴史は、戦国時代から始まっている。

はじまり[編集]

  • 1425(応永32)年、9月
    • 鬱陵島に逃亡した者を捕らえるために、朝鮮官船が日本海に出向いたところ、暴風に遭遇した。生き残った張乙夫(ちょういっぷ)10人が地元の領主、順都老(じゅんとろう)の保護を得て1ヶ月ほど滞在したのち、有力者早田左衛門大郎の協力を得て、無事朝鮮に送還された。このことで朝鮮は、翌年使者を遣わして順都老に礼物を与えた。これがきっかけに78年間で49回通交をしている。約1年半に一度船が来ていることになる。

主な通交品[編集]

  • 輸入品
    • 紬・綿布・虎皮・豹(ひょう)皮・人参・松子(しょうし)・清蜜など
  • 輸出品
    • 刀剣・朱椀・漉漆(ろくしつ)・蝋燭(ろうそく)・丹木・胡椒など
    • このうち、刀剣・朱椀・漉漆などは長浜あたり生産されたものと考えられる。
    • 丹木・胡椒などの南海産の物資は対馬での交易によったと考えられる。


鎖国[編集]

だが、幕府鎖国政策により港の貿易は途絶えた。

その後の浜田港[編集]

  • 1896(明治29)年7月
  • 1901(明治32)年10月
    • 開港場に指定。
    • 横浜や、長崎の税関で勤めていた属川上泉の談話から。当時、対馬への出稼ぎ漁船が往復とも、カラである事を知り、相互の物資を積載して朝鮮貿易はどうかと、提案した。
  • 1955(昭和30)年8月1日
  • 1967(昭和42)年3月
    • 浜田港の全工事完成。
  • 1968(昭和43)年7月
    • 浜田港に、イギリスの貨物船が初入港。
  • 1982(昭和57)年11月7日
    • 貨物支線の、浜田港線、浜田港駅、廃止。

利用状況[編集]

木材置場(2006.4.19撮影)

おもに、ロシアなどからの木材輸入と、セメント石油類ならびに砂利の国内移入が中心となっている。2001年にはあらたに定期コンテナ航路が韓国・釜山港とのあいだに開設された。

現在は、西側の長浜港と東側の福井港の二つに分かれている。浜田漁港は福井港のさらに東側にある。コンテナ航路は福井港を、木材輸入は両方を使っており、油槽所が長浜港にはある。

コンテナ航路[編集]

  • 韓国定期航路(週1便、運航会社:南星海運)
釜山 - 浜田 - 博多 - 大分 - 釜山

近隣港湾[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]