浜松基地

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浜松飛行場
20101212浜松飛行場.jpg
IATA: なし - ICAO: RJNH
概要
国・地域 日本の旗 日本
所在地 静岡県浜松市西区西山町
種類 軍用
所有者 防衛省
運営者 航空自衛隊
開設 1925年
所在部隊 第1航空団
警戒航空隊ほか
標高 46 m (150 ft)
座標 北緯34度45分01秒 東経137度42分11秒 / 北緯34.75028度 東経137.70306度 / 34.75028; 137.70306
地図
空港の位置
空港の位置
RJNH
空港の位置
空港の位置
RJNH
空港の位置
滑走路
方向 長さ×幅 (m) 表面
09/27 2,550×60 アスファルト
リスト
空港の一覧
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浜松基地付近の空中写真。(1988年撮影の8枚を合成作成)
国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成

航空自衛隊浜松基地(はままつきち、JASDF Hamamatsu Airbase)は、静岡県浜松市西区西山町無番地にある航空自衛隊の基地。以前は浜松飛行場を中心に南・北の基地が併設されていたが、現在は統合されて一つの基地になっている。

基地司令は、第1航空団司令が兼務。

歴史[編集]

1952年10月、保安隊航空学校設立
保安隊航空学校の学生(1954年2月)
8月1日 - 浜松駐屯地廃止[1]
9月 - 浜松基地設置
  • 1957年(昭和32年) -同基地所属のF-86戦闘機2機が訓練中に空中衝突を起こし、パイロット1名が殉職。
  • 1957年(昭和32年) -同基地所属のT-33練習機が墜落。搭乗員2名が殉職した。
  • 1957年(昭和32年) - 浜松管制分遣隊、浜松気象分遣隊設立。
  • 1958年(昭和33年) - 浜松基地に臨時救難航空隊を編成。
  • 1958年(昭和33年) - 南・北の基地が分立し、北基地に第1航空団、浜松管制隊、浜松気象隊が移駐。
  • 1958年(昭和33年) - 南基地の臨時救難航空隊を救難航空隊に改編。救難教育隊、救難整備隊が新設された。
  • 1960年(昭和35年) - 北基地にブルーインパルス編成。
  • 1960年(昭和35年) - 救難航空群本部が入間基地に移動する。
  • 1962年(昭和37年) - 南基地に術科教育本部設立。
  • 1965年(昭和40年) - 北基地に飛行教育集団司令部、宇都宮飛行場から移駐。
  • 1969年(昭和44年) - 南基地に教導高射隊設立。
  • 1970年(昭和45年) - 全日空アカシア便ハイジャック事件発生。浜松基地に緊急着陸。
  • 1971年(昭和46年) - 救難教育隊が小牧基地に移駐する。
  • 1971年(昭和46年) - 南基地に小牧基地から小牧救難隊が移駐して浜松救難隊となる。
  • 1976年(昭和51年) - 南基地に中部航空音楽隊設立。
  • 1981年(昭和56年) - ブルーインパルス、松島基地へ移駐。
  • 1982年(昭和57年) - 航空祭中にブルーインパルスが墜落事故
  • 1985年(昭和60年) - 第6移動警戒隊設立(南基地)
  • 1988年(昭和63年) - T-33AからT-4への機種更新開始
  • 1989年平成元年) - 南・北の基地が統合して「浜松基地」となる
  • 1998年(平成10年) - 教導高射隊を廃止し、高射教導隊発足。早期警戒管制機E-767)実用試験隊発足
  • 1999年(平成11年) - 警戒航空隊、第601飛行隊第2飛行班及び早期警戒管制部隊を発足、司令部を三沢基地から移動。航空自衛隊浜松広報館開館。
  • 2000年(平成12年) - 警戒航空隊、早期警戒管制機(E-767)の正式運用を開始。
  • 2004年(平成16年) - 第6移動警戒隊を廃止、解散。
    • 10月3日に開催された航空祭に、「航空自衛隊創設50周年」を記念してアメリカ空軍曲技飛行チーム『サンダーバーズ』が飛来。
  • 2005年(平成17年) - 警戒航空隊、空中警戒管制隊から飛行警戒管制隊へと改編する。
  • 2008年(平成20年)5月 - 高射教導隊にペトリオットミサイル(PAC-3)の配備を開始[2]
  • 2014年(平成26年)8月1日 - 航空戦術教導団新編に伴い、航空総隊直属の高射教導隊を、同隷下の高射教導群に改編[3]

配置部隊[編集]

航空教育集団直轄

航空総隊直轄

中部航空方面隊隷下

航空支援集団隷下

防衛大臣直轄

浜松広報館[編集]

航空祭[編集]

エアフェスタ浜松2009でのサンダーバーズ
エアフェスタ浜松2009で展示飛行を行うサンダーバーズ

毎年秋に航空祭を実施しており、「エア・フェスタ浜松○○○○」(○には西暦の年号が入る)と称している。ブルーインパルスの展示飛行の他に、航空自衛隊で使用している航空機や陸上自衛隊のヘリコプター、米軍から借用した機体などの展示、各種航空機の展示飛行などのイベントが催される。入場無料。

1982年11月14日の航空祭では「T-2ブルーインパルス」が「下向き空中開花」演技中4番機が墜落、パイロット1名が殉職、周辺住民12名の負傷者を出す事故を起こした。以後浜松基地の航空祭では「宙返り飛行系演技」と「背面飛行系演技」が全面禁止され、「浜松スペシャル」と題した「水平飛行系演技」のみとされた。「T-4ブルーインパルス」に機種改編後も「浜松スペシャル」が続けられていたが、1999年11月14日の航空祭より「宙返り飛行系演技」と「背面飛行系演技」が解禁され、18年ぶりに第一区分の展示飛行を実施した。

夏には「浜松基地納涼祭」(浜松基地 納涼の夕べ)を毎年実施する。当日は南基地の一部を開放し、盆踊り等により地域住民との交流を図っている。入場・参加無料。

2004年10月の航空祭に、アメリカ空軍の曲技飛行チーム「サンダーバーズ」が飛来し展示飛行を行う予定だったが、悪天候で飛ぶ事はなかった。

2009年10月17日に開催された航空祭では、アメリカ空軍の曲技飛行チーム「サンダーバーズ」が展示飛行を行い、約12万人が来場した。


浜松基地の航空祭以外でもブルーインパルスが飛来することがある。これは、宮城県松島基地所属のブルーインパルスが他の基地等へ展開する際や、他の基地等から松島基地に帰投する際に、給油のため浜松基地に立ち寄るためである。その際はブルーインパルスのコンバットブレイクやフォーメーションテイクオフを見ることができる。ただし、浜松基地の天候が悪く、石川県の小松基地を経由して松島基地に帰投した例もある。

登場作品[編集]

ドキュメント番組[編集]

映画[編集]

BEST GUY』(1990年12月15日、東映) - 主演・織田裕二
ロケ地の1つとして浜松基地にて撮影が行われ、劇中に浜松基地が登場する。
今日もわれ大空にあり
劇中当時浜松基地に在籍していた、ブルーインパルスが撮影協力した。
首都消失
浜松救難隊のエプロンで撮影が行われた。

ドラマ[編集]

空飛ぶ広報室

その他[編集]

  • 所属するほとんどの部隊が隊員への教育を目的とした部隊である。
  • 滑走路をもつ基地としては珍しく、基地周辺は都会で交通の便も発達しており、いわゆる「遊ぶ場所」が非常に多い。このためか那覇基地と並び希望任地で1番にする隊員が多い。

脚注[編集]

  1. ^ 自衛隊法施行令の一部を改正する政令(昭和30年7月30日政令第142号)”. 国立公文書館デジタルアーカイブ (1955年7月30日). 2016年5月4日閲覧。
  2. ^ ペトリオットPAC-3の浜松配備について 防衛省 2008年5月14日
  3. ^ 防衛省組織令の一部を改正する政令(平成二十六年七月二十四日公布政令第二百六十三号)

外部リンク[編集]