浜寺町

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浜寺町
廃止日 1942年7月1日
廃止理由 編入
現在の自治体 堺市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 近畿地方
都道府県 大阪府
泉北郡
総人口 18,823
国勢調査1940年
隣接自治体 堺市、鳳町高石町
浜寺町役場
所在地 大阪府泉北郡浜寺町大字船尾
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浜寺町(はまでらちょう)は、かつて大阪府にあったである。現在の大阪府堺市西区の一部に相当する。堺市編入後も名称を廃止せず、「浜寺○○町」といった地名になっている。

歴史[編集]

浜寺の名称は、14世紀中頃(正平年間)に三光国師が建立した大雄寺[1]南朝の拠点のひとつとなり、吉野の日雄寺が山寺と呼ばれたのに対して「浜寺」と呼ばれたことに由来する。現在は堺市の地域名として定着しているが、本来的には高石市の羽衣なども含む広域地名であるため、高石市域にも浜寺郵便局や浜寺病院など「浜寺」を冠した施設があり、浜寺公園も両市に跨っている。

交通[編集]

鉄道路線[編集]

  • 阪堺電鉄
    • 下石津駅、石津川橋駅、諏訪ノ浜駅、浜寺駅

現在は上記の他に阪堺線石津北駅が所在するが、当時は未開業。また、現在は阪堺線海道畑駅および阪堺電鉄全駅は廃止されている。

道路[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 現在の南海高師浜線伽羅橋駅の辺りにあったが応仁の乱により焼失。伽羅橋駅前に碑がある。また、浜寺諏訪森町中2丁に「三光橋」、「三光会館」と三光国師に由来するものが残っている。