浅草今半

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
株式会社 今半
Imahan Co.,LTD.
Centennial beef bowl of Asakusa Imahan.jpg
百年牛丼
種類 株式会社
市場情報 非上場
略称 浅草今半
本社所在地 日本の旗 日本
111-0035
東京都台東区西浅草2-17-4
設立 1956年3月
業種 食料品
法人番号 8010501000845 ウィキデータを編集
事業内容 牛肉つくだ煮製造販売 精肉加工販売 弁当製造販売 百貨店催事等
代表者 代表取締役社長 澤井映子
資本金 1000万円
従業員数 264名(2014年4月1日現在)
決算期 今半 4月
主要株主 同族会社
主要子会社 高伴
外部リンク 浅草今半
特記事項: 
テンプレートを表示

浅草今半あさくさいまはんAsakusa Imahan)は、株式会社今半と株式会社高伴(株式会社今半の子会社)の2社で運営されている日本料理店「浅草今半グループ」である。1895年(明治28年)創業の日本料理店今半を母体として、株式会社今半は国内産黒毛和牛を主体にした精肉の加工販売、牛肉佃煮の製造販売、全国のデパートなどでの牛丼催事販売、弁当事業等を、株式会社高伴はすき焼きを中心とする日本料理割烹を浅草で運営している。スローガンは「みち、今だ半ば」。

沿革[編集]

  • 1928年3月 浅草雷門の今半本店から分離独立し「浅草今半」を東京都台東区西浅草に開店
  • 1931年4月 合資会社イマハンに改組設立
  • 1945年1月 牛肉佃煮を販売開始
  • 1952年 人形町に「浅草今半日本橋支店」を開設
  • 1953年 松坂屋銀座店に食堂を出店、都内デパートに佃煮売店を展開開始
  • 1955年1月 すき焼のおみやげ用として「牛丼」の販売を開始
  • 1956年3月 日本橋支店が有限会社人形町今半として分離独立
  • 1956年3月 株式会社今半に改組
  • 1982年7月 船橋工場完成
  • 1989年11月 飲食部門を株式会社高伴として子会社化
  • 1996年1月 浅草今半「オレンジ通り店」を開店
  • 1997年6月 船橋工場増築完成
  • 2004年5月 「浅草今半 弁当工房」開設
  • 2008年10月 「浅草今半 国際通り本店」開店
  • 2011年6月 「浅草今半 オレンジ通り店」国際通り本店と統合。閉店となる。その後、土地は売却され現在は別の所有者となっている。

店舗[編集]

国際通り本店
  • 精肉: 東京都内の百貨店4店舗に、同社の精肉売場が設けられている。
  • 弁当: 東京都内の百貨店4店舗に、同社の弁当売場が設けられている。
  • 佃煮: 東日本を中心とした各地の百貨店などが、同社の佃煮を取り扱っている。
  • 日本料理店「浅草今半」: 高伴が浅草にて2店舗を運営している(国際通り本店、オレンジ通り店)。

食品衛生法にかかわる問題[編集]

船橋工場で製造した「開化どんのぐ」に食品衛生法で規定されたアレルギー特定原材料の表示が欠落していたため、2005年5月27日に株式会社今半(浅草今半)の商品回収社告が掲載された。国民生活センターのホームページにも記載されていた。[1]

東電福島原発事故の影響[編集]

2011年3月11日に発生した東日本大震災東京電力福島第一原子力発電所事故を原因とし、放射性セシウムを含む稲わらをエサとして与えられた肉牛が出荷に至った問題が同年7月14日頃から拡大する中で、一部の精肉店舗で取り扱った精肉の一部に、公表された肉牛の個体識別番号に該当するものが含まれており、自社と百貨店のウェブサイトで 情報が公開された。 [2]

関連項目[編集]

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ 国民生活センター[リンク切れ]
  2. ^ 謝罪文

外部リンク[編集]

座標: 北緯35度42分50.3秒 東経139度47分31.6秒