浄法寺城

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浄法寺城
岩手県
別名 小幡館
城郭構造 山城
築城主 浄法寺氏
築城年 不明
主な城主 浄法寺氏
廃城年 不明
遺構 曲輪
指定文化財 未指定
再建造物 現地解説板
位置 北緯40度10分58.6秒 東経141度09分06.1秒 / 北緯40.182944度 東経141.151694度 / 40.182944; 141.151694座標: 北緯40度10分58.6秒 東経141度09分06.1秒 / 北緯40.182944度 東経141.151694度 / 40.182944; 141.151694
地図
浄法寺城の位置(岩手県内)
浄法寺城
浄法寺城

浄法寺城(じょうほうじじょう)は、岩手県二戸市浄法寺町八幡館に所在した日本の城。別称・小幡館。

概要[編集]

東に安比川が流れ、城跡は4つの郭からなり、東西350メートル、南北500メートル。主郭の八幡館の北東隅には八幡宮を祀り、大館、親城館の2郭は八幡館の西側に位置し、北は急な崖で、南に広い堀をめぐらせていたとみられる。

現在、濠と平坦地を若干残すのみであるが、発掘調査により中世の陶磁器類が出土している[1]

歴史[編集]

築城時期は不明。浄法寺氏の居城で、陸奥国二戸郡浄法寺村に所在した。

天正20年(ユリウス暦1592年)6月、「諸城破却令」の書上には「浄法寺 山城 畠山 修理 持分」とあり破却はまのがれた。

ついで、慶長6年(1601年)、岩崎一揆において岩崎陣に参加したさい、浄法寺重好の不首尾があったため領知は没収され浄法寺氏宗家は廃絶した。

脚注[編集]

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参考文献[編集]

  • 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 『角川日本地名大辞典 3 岩手県』 角川書店、1985年3月8日ISBN 4-04-001030-2
  • (有)平凡社地方資料センター 『日本歴史地名大系 第3巻 岩手県の地名』 平凡社、1990年7月13日ISBN 4-582-91022-X

関連項目[編集]