洪国栄

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洪国栄
各種表記
ハングル 홍국영
漢字 洪國榮
発音 ホン・グギョン
日本語読み: こうこくえい
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洪 国栄(こう こくえい、ホン・グギョン、1748年 - 1781年)は李氏朝鮮時代第22代国王正祖時代の政治家。本貫は豊山。は德老。都承旨(トスンジ)兼宿衛所(スグィソ)の長官。 妹の元嬪(ko)を正祖の側室にするが、病没。その後、王の弟、恩彦君の長男(李湛)を完豊君として亡き妹の養子にし、世継ぎとして教育する。 外戚が権力を持つ「勢道政治」を行うが、その野心のために朝廷に敵を多く作り、最終的に1779年9月に配流となった。最期は流刑地で側女に看取られながら病没。享年34。

経歴[編集]

  • 1772年9月、庭試文科(丙科)及第。
  • 1773年2月、承文院副正字(スンムンノン プヂャンジャ 従九品相当)に任官。
  • 1774年3月、世子侍購院説書(セジャ シガンウォン ソルソ 正七品相当)に転任。
  • 1775年12月3日現在、世子侍講院兼司書(セジャ シガンウォン キョムサソ 正六品相当)に任官中。
    • 12月25日現在、弘文館副應教(ホンムングァン プウンギョ 従四品相当)に任官中。
  • 1776年2月24日、議政府舎人(ウィジョンブ サイン 正四品相当)に転任。
    • 3月1日、郎庁(ランチョン 従六品相当)を兼帯。
    • 3月13日、承政院同副承旨(スンジョンウォン トンブスンジ 正三品堂上相当)に転任。
    • 4月13日現在、承政院左承旨(スンジョンウォン チャスンジ 正三品堂上相当)に任官中。
    • 6月1日、吏曹參議(イジョチャミ 正三品堂上相当)に異動。
    • 7月6日、承政院都承旨(スンジョンウォン トスンジ 正三品堂上相当)に異動。
    • 8月8日、弘文館副提學(ホンムングァン プジェハク 正三品堂上相当)と承文院副提調(スンムンノン プジェジョ 正三品堂上相当)を兼帯。
    • 8月24日、纂輯堂上(チャンジプタンサン)を兼帯。
    • 9月19日現在、薬院副提調(ヤクウォン プジェジョ 正三品堂上相当)を兼帯中。
    • 9月25日、奎章閣直提學(キュジャンカク ジキジェハク 正三品堂上相当)を兼帯。
    • 10月19日、兼察理使(キョムチャルリサ)を兼帯。
    • 11月19日、守禦廰使(スオチョンサ 正二品相当)を兼帯。
    • 11月20日、備邊司提調(ビピェンサ チェジョ  従一品相当)を兼帯。
    • 12月10日、宣惠廰提調(ソヘチョン チェジョ 従一品相当)を兼帯。
  • 1777年1月10日現在、經筵廰參賛官(キョンヨンチョン チャンチャムグァン 正三品堂上相当)を兼帯中。
    • 5月27日、摠戒廰使(チョンユンチョンサ 従二品相当)を兼帯。
    • 5月28日現在、禁衛営大将(グㇺウィヨン テジャン 従二品相当)を兼帯中。
    • 10月17日、弘文館提學(ホンムングァン チェハク 従二品相当)を兼帯。
    • 11月15日、禁衛営大将から宿衛所大将(スグィソ テジャン 従二品相当)に兼帯替え。
    • 12月2日、弘文館提學(ホンムングァン チェハク 従二品相当)を兼帯。
  • 1778年3月15日、訓練都監大将(フンリョントガム テジャン 従二品相当)を兼帯。
    • 3月22日、訓練都監大将から禁衛営大将に兼帯替え
    • 3月25日、奎章閣提學(キュジャンカク チェハク 従二品相当)を兼帯。
    • 9月1日、宿衛所大将から中営大将(チョンヨン テジャン 従二品相当)に兼帯替え。
    • 9月4日現在、宿衛所大将と中営大将を兼帯中。
    • 9月8日、弘文館提學(ホンムングァン チェハク 従二品相当)を兼帯。
    • 11月20日現在、宣惠廰提調を兼帯中。
  • 1779年4月22日、禁衛営大将から訓練都監大将に兼帯替え。
    • 6月5日、司憲府大司憲(サホンブ テサホン 従二品相当)を兼帯。
    • 9月1日、弘文館提學(ホンムングァン チェハク 従二品相当)を兼帯。
    • 9月28日、全官職を辞任。

参考資料[編集]

朝鮮王朝実録[編集]

豊山洪氏→洪國榮 http://sillok.history.go.kr/inspection/popManDetail.jsp?id=M_0006549

承政院日記[編集]

登場作品[編集]