津軽著高

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津軽 著高
時代 江戸時代
生誕 享保11年(1726年11月
死没 安永7年2月25日1778年3月23日
別名 直次郎、左京、左近
戒名 義彰院殿深達圓順大居士
墓所 寛永寺津梁院
陸奥黒石領
氏族 津軽氏
父母 父:津軽寿世、母:津軽政兕の娘・綾姫
兄弟 津軽著高津軽朝儀多門信照伊達為清黒石尚央
正室:黒田直純の娘
寧親杉浦寿武、娘(北条氏乾室)、娘(今大路正福室)

津軽 著高(つがる あきたか)は、陸奥弘前藩分家・黒石領4,000石の第5代当主。父は4代当主・津軽寿世(著高は長男)、母は3代当主・津軽政兕の娘・綾姫。正室は上総久留里藩主・黒田直純の娘。子に寧親杉浦寿武、娘(北条氏乾後北条氏一族)室)、娘(今大路正福室)。

元文3年(1738年)7月23日、将軍徳川吉宗にお目見えする。宝暦4年(1754年)12月10日、父寿世の隠居により、弘前藩分家・黒石領4,000石5代当主となった。の「著」の字は、家の慣例により、本家弘前藩6代藩主津軽信著から偏諱を賜ったものである。尚、信著の父・信興とは従兄弟である。宝暦10年2月2日、本所深川の火事場見廻を命じられる。安永6年(1777年)1月29日、本所深川の火事場見廻を辞職する。