津田一郎

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津田一郎(つだ いちろう、1953年(昭和28年)6月4日-)は、日本の数理科学者、応用数学者物理学者文芸家。カオス学の確立者[1]。日本における複雑系科学研究の先駆者の一人[2]。脳のダイナミクスに世界的にいち早く着目し、カオス脳理論、脳の解釈学を提唱[3]。大学院生当時、化学反応系にカオスが存在することを経験的ローレンツプロットと一次元時間離散力学系モデルの併用によって世界で初めて実証したことでも知られる[4][5]

略歴[編集]

岡山県出身[6]大阪大学理学部物理学科卒業、京都大学大学院理学研究科物理学第一専攻博士課程修了、1982年「非線型・非平衡系のカオスと分岐構造」で理学博士(京都大学)。1988年九州工業大学情報工学部知能情報工学科助教授、1993年10月北海道大学理学部数学科教授、1995年同理学研究科教授、2005年10月同電子科学研究所教授、2008年ー2015年北海道大学数学連携研究センターセンター長を兼任、2012年ー2013年北海道大学電子科学研究所・副所長、2015年10月同理学研究院教授、2017年定年退職、中部大学創発学術院教授となる。中部大学創発学術院教授。北海道大学名誉教授日本学術会議第23・24期連携会員。日本数学会日本物理学会、日本神経科学会、日本神経回路学会、日本生物物理学会、日本応用数理学会、日本文藝家協会、アメリカ科学振興協会(AAAS)、国際産業応用数学会(SIAM)各会員。全日本スキー連盟公認クロスカントリースキー指導員・検定員[7]

研究歴[編集]

池田研介金子邦彦とともにカオス的遍歴概念を共同で提案[8][9](1987年-1991年)した事で知られ、カオス的遍歴の発生機構に関する多くの数理モデルを考案した[10][11]。またカオスに雑音を加えることで秩序状態が出現する雑音誘起秩序(Noise-induced order, 1983年)を松本健司とともに発見した[12][13]。カオス的遍歴と雑音誘起秩序は数学における多次元非双曲型力学系ランダム力学系の先駆となる理論構築である。この2つの概念は発表からおよそ30年後の2017年と2018年にイタリアとブラジルの数学者によってその存在が厳密に証明された[14]ことで、ネットなどを中心に注目を集めた(大学ジャーナルでの2018年度のPV数東海地区で第6位)[15]

また、脳神経科学に非線形数理科学的手法を導入する道を開くことで計算論的神経科学の発展に貢献した。1984年に脳の解釈学に関する論文を世界に先駆けて発表[3]。以降脳のダイナミックな活動並びに情報構造をカオス力学系で解明する研究成果を多数発表し、欧米の学会を中心に高い評価を得ている[16][17]。脳に関する代表的な業績に、脳の解釈学の他、非平衡神経回路モデルによるカオス的連想記憶の実現[18][19]海馬におけるエピソード記憶カントルコーディング仮説[20][21]と海馬スライスによる実証[22]、人や動物の思考推論機構の研究[23][24]、脳の機能分化の研究[25]視覚性幻覚の研究[26][27]などがある。近年、脳の機能分化を解明するための数学手法の開発の中で従来の自己組織化理論を拡張して、拘束条件付き自己組織化理論を提案し注目を集めている[28]

また従来の還元論的手法では解明が困難である複雑系に対して、実験、理論、解釈、構成の四つ組みによる新しい科学の方法論を提案した[3][16][17]。カオス力学系の族の数学構造の抽出法を基盤として、「作ることで解釈し理解する」という構成論的方法論を創始することで複雑系科学研究の先駆をなし、複合・境界型の科学分野の発展に多大の貢献を行っている。   

受賞[編集]

  • 2020年度日本神経回路学会学術賞を受賞(特に優秀な研究論文の公刊によって、長年に亘って神経回路学分野の発展に貢献した功績による)
  • 2013年度ICCN功労賞受賞(国際認知神経力学会(ICCN)の設立、発展に対するその先駆的な研究成果、学術誌の編集、国際会議の組織・運営によって尽力した功績による)
  • 2010年度HFSPプログラム賞受賞(ラットにおける熟慮の神経機構に関する国際共同研究によって。海外の研究者4名と共に共同受賞)
  • 2007年、第6回ICIAM (4年に一度の国際応用数理学会総会)での総合講演(21人のうちの1人。日本人で2人目)。
  • 2000年、第1回SIAM(国際産業応用数学会)環太平洋力学系会議での総合講演(10人のうちの1人。日本人で最初)。

著書[編集]

  • 『カオス的脳観 脳の新しいモデルをめざして』 (サイエンス叢書)サイエンス社 1990
  • 『複雑系脳理論 「動的脳観」による脳の理解』 (臨時別冊・数理科学 SGCライブラリ) サイエンス社 2002
  • 『ダイナミックな脳 カオス的解釈』 (双書科学/技術のゆくえ) 岩波書店 2002
  • 『心はすべて数学である』文藝春秋 2015
  • 『脳のなかに数学を見る』 (連携する数学) 共立出版 2016

共著[編集]

  • 『複雑系のカオス的シナリオ』 (複雑系双書) 金子邦彦共著 朝倉書店 1996
  • 『カオス』 (複雑系の科学と現代思想)池田研介,松野孝一郎共著 青土社 1997
  • 『K. Kaneko and I. Tsuda, Complex Systems: Chaos and Beyond — A Constructive Approach with Applications in Life Sciences』 Springer-Verlag Berlin, Heidelberg, New York, 2001

翻訳[編集]

  • K.T.アリグッド, T.D.サウアー, J.A.ヨーク『カオス 力学系入門』全3巻 監訳, 星野高志, 阿部巨仁, 黒田拓, 松本和宏訳 シュプリンガー・ジャパン 2006-07
  • ロバート・ショウ『水滴系のカオス』佐藤讓共訳 岩波書店 2006

脚注[編集]

  1. ^ 松岡正剛の千夜千冊「カオス的脳観」”. 2019年1月10日閲覧。
  2. ^ 金子邦彦、津田一郎 (1996). 複雑系のカオス的シナリオ. 朝倉書店 
  3. ^ a b c 津田一郎 (1990). カオス的脳観. サイエンス社 
  4. ^ I.Tsuda and K.Tomita (1981). “Chaos in the Belousov-Zhabotinsky reaction. Nonequilibrium Statistical Physics Problems in Fusion Plasmas-stochasticity and chaos”. Proceedings of the US-Japan Workshop: pp131-137. 
  5. ^ K.Tomita and I.Tsuda (1980). “Towards the interpretation of Hudson’s experiment on the Belousov-Zhabotinsky reaction – chaos due to delocalization.”. Prog.Theor.Phys. 64: 1138-1160. 
  6. ^ 『脳のなかに数学を見る』著者紹介
  7. ^ researchmap
  8. ^ Scholarpedia Chaotic itinerancy”. 2019年1月10日閲覧。
  9. ^ K. Kaneko and I. Tsuda (2003). “Chaotic Itinerancy, in Focus Issue on Chaotic Itinerancy”. Chaos 13: 926-936. 
  10. ^ I. Tsuda (2009). “Hypotheses on the functional roles of chaotic transitory dynamics.”. CHAOS 19: 015113-1 - 015113-10. 
  11. ^ I. Tsuda, H. Fujii, S. Tadokoro, T. Yasuoka, and Y. Yamaguti (2004). “Chaotic Itinerancy as a Mechanism of Irregular Changes between Synchronization and Desynchronization in a Neural Network.”. J. of Integrative Neuroscience 3: 159-182. 
  12. ^ K.Matsumoto and I.Tsuda (1983). “Noise-induced order.”. J.Stat.Phys. 31: 87-106. 
  13. ^ I.Tsuda and K.Matsumoto (1984). “Noise-induced order-Complexity theoretical digression.”. Chaos and Statistical Methods (ed. Y.Kuramoto, Proceedings of the Sixth Kyoto Summer Institute, Springer-Verlag): pp.102-108. 
  14. ^ 数学で脳の連想記憶機構の一端が明らかに ─日本人による30年以上前の数理モデルを証明─ (津田一郎教授)”. 2019年1月10日閲覧。
  15. ^ 「31年を経て証明に成功――連想記憶の機構の一端を説明する数理モデル、数学的手法を使った検証で正確だと明らかに”. 2019年1月10日閲覧。
  16. ^ a b I. Tsuda (2001). “Toward an interpretation of dynamic neural activity in terms of chaotic dynamical systems”. Behavioral and Brain Sciences 24: 793-847. 
  17. ^ a b I.Tsuda. “Chaotic itinerancy and its roles in cognitive neurodynamics”. Curr. Opin. Neurobio. 31: 67-71. 
  18. ^ I. Tsuda (1992). “Dynamic link of memory– chaotic memory map in nonequilibrium neural networks.”. Neural Networks 5: 313-326. 
  19. ^ I.Tsuda, E.Koerner and H.Shimizu (1987). “Memory dynamics in asynchronous neural networks.”. Prog.Theor.Phys. 78: 51-71. 
  20. ^ I. Tsuda and S. Kuroda (2001). “Cantor coding in the hippocampus.”. Japan Journal of Industrial and Applied Mathematics 18: 249-258. 
  21. ^ Shigeru Kuroda, Yasuhiro Fukushima, Yutaka Yamaguti, Minoru Tsukada and Ichiro Tsuda (2009). “Iterated function systems in the hippocampal CA1.”. Cognitive Neurodynamics 3: 205-222. 
  22. ^ Y. Fukushima, M. Tsukada, I. Tsuda, Y. Yamaguti and S. Kuroda (2007). “Spatial clustering property and its self-similarity in membrane potentials of hippocampal CA1 pyramidal neurons for a spatio-temporal input sequence.”. Cogn. Neurodyn 1: 305-316. 
  23. ^ X. Pan, K. Sawa, I. Tsuda, M. Tsukada and M. Sakagami (2008). “X. Pan, K. Sawa, I. Tsuda, M. Tsukada and M. Sakagami”. Nature Neuroscience 11: 703-712. 
  24. ^ Motohiko Hatakeyama and Ichiro Tsuda (2007). “Internal logic viewed from observation space: Theory and a case study.”. BioSystems 90: 273-286. 
  25. ^ Yutaka Yamaguti, Ichiro Tsuda (2015). “Mathematical Modeling for Evolution of Heterogeneous Modules in the Brain.”. Neural Networks 62: 3-10. 
  26. ^ Hiromichi Tsukada, Hiroshi Fujii, Kazuyuki Aihara, Ichiro Tsuda (2015). “Computational model of visual hallucination in dementia with Lewy bodies.”. Neural Networks 62: 73-82. 
  27. ^ Daniel Collerton, John-Paul Taylor, Ichiro Tsuda, Hiroshi Fujii, Shigetoshi Nara, Kazuyuki Aihara and Yuichi Katori (2016). “How Can We See Things That Are Not There? Current Insights into Complex Visual Hallucinations.”. Journal of Consciousness Studies 23: 195-227. 
  28. ^ I. Tsuda, Y. Yamaguti, H. Watanabe (2016). “Self-Organization with Constraints―A Mathematical Model for Functional Differentiation.”. Entropy 18: 1-13. 

外部リンク[編集]