津島勝

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つしま まさる
津島 勝
本名 津島 勝(同じ)
生年月日 (1947-07-20) 1947年7月20日
没年月日 (2011-05-04) 2011年5月4日(63歳没)
出生地 日本の旗 日本 大阪府大阪市
死没地 日本の旗 日本 京都府京都市
職業 映画監督、テレビディレクター
ジャンル 時代劇ヤクザ映画
活動期間 1970年 - 2011年
配偶者 あり(1981年 - 2011年)
著名な家族 長男、長女

津島 勝(つしま まさる、1947年7月20日 - 2011年5月4日)は、日本テレビディレクター映画監督

来歴・人物[編集]

大阪府大阪市出身。奈良女子大附属高(現・奈良女子大附属中等教育学校)を経て、1970年京都大学文学部史学科卒業。

大学生になるまで、映画は観たことが無かったという[1]

京大在学中、俳優・遠藤太津朗宅に家庭教師として出入りしていたのがきっかけで、遠藤の紹介により、東映撮影所に見学に行き、これが映画界との初の接点となった[1]。これが縁となって、卒業後に東映テレビプロダクションの契約助監督となる。以後は主に東映京都製作のテレビ時代劇に助監督として就き、杉良太郎の推薦により、『遠山の金さん(第2シリーズ)』(テレビ朝日)で監督に昇格。

監督昇格後は、ABCテレビ必殺シリーズ』の後期作品の常連演出家のひとりとなった。この必殺シリーズでの経験が、オリジナルビデオ(OV)『くノ一忍法帖』シリーズで生かされることとなり、時代劇OVという新たなジャンルを開拓した。その一方で、任侠もののOVも多数手がけた。

2011年5月4日、腎不全のため京都市の病院で死去。63歳没[2]

監督作品[編集]

テレビドラマ[編集]

OV[編集]

  • くノ一忍法帖シリーズ
    • くノ一忍法帖
    • くノ一忍法帖II 聖少女の秘宝
    • くノ一忍法帖III 秘戯伝説の怪
    • くノ一忍法帖IV 忠臣蔵秘抄
    • くノ一忍法帖V 自来也秘抄(劇場公開)
    • くノ一忍法帖VI 忍者月影抄(劇場公開)
  • キスがいっぱい
  • おんな犯科帳 江戸拷問刑罰抄
  • 新・第三の極道シリーズ(IIIのみ劇場公開)
  • 首領への道シリーズ
  • 実録史上最大の抗争 義縁状2
  • やくざの憲法 赤字破門
  • 誇り高き野望2

劇場映画[編集]

  • 修羅之介斬魔剣 妖魔伝説
  • OTSUYA 怪談牡丹燈籠
  • 実録・北海道やくざ戦争 逆縁

脚注[編集]

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  1. ^ a b 『時代劇マガジン』Vol.14(辰巳出版)104~105ページ『あゝ監督人生 津島勝』より。
  2. ^ 時事ドットコム:津島勝氏死去(映画監督)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]