津守滋

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津守 滋(つもり しげる、1939年昭和14年) - )は、日本外交官クウェート駐箚特命全権大使ミャンマー駐箚特命全権大使を歴任した。

経歴・人物[編集]

大阪府出身。弁護士を志し、大阪大学法学部中退後、1962年(昭和37年)京都大学法学部を卒業し、法務省入国管理局に入る。1964年旧司法試験及び外交官試験に合格し、1965年(昭和40年)外務省に入省する。外務省入省後は当時の西ドイツチュービンゲン大学に留学[1]

外務省経済局国際機関第二課長、後藤田正晴内閣官房長官秘書官アジア局地域政策課長、駐ソ連大使館参事官、OECD(経済協力開発機構)代表部参事官、駐ミュンヘン総領事、駐公使欧亜局審議官、駐ベルリン総領事を経て、1998年2月12日からクウェート駐箚特命全権大使2000年(平成12年)から2002年(平成14年)までミャンマー駐箚特命全権大使を務めた。

ソ連大使館総括参事官在任中の1986年(昭和61年)チェルノブイリ原子力発電所事故が起こり、ソ連在留邦人の保護に当たった[2]

外務省在職中の1996年4月から1998年2月まで母校の大阪大学で同大大学院国際公共政策研究科教授として教鞭をとり、退官後も立命館アジア太平洋大学東洋英和女学院大学桐蔭横浜大学で客員教授として国際政治学を教えている[3]

2018年春の叙勲で瑞宝中綬章を受章。

同期[編集]

著作[編集]

単著[編集]

  • 『バルカンを行く 民族問題を考える』(サイマル出版会,1995年,ISBN:978-4-377-31037-5,4-377-31037-2)
  • 『後藤田正晴の遺訓 国と国民を思い続けた官房長官』(武田ランダムハウスジャパン, 2007年,ISBN:978-4-270-00194-3,4-270-00194-1)
  • 『ミャンマーの黎明 国際関係と内発的変革の現代史』(彩流社,2014年,ISBN:978-4-7791-1976-7,4-7791-1976-6)

翻訳[編集]

  • 『ロケット開発収容所 ドイツ人科学者のソ連抑留記録』(サイマル出版会,1996年,ISBN:978-4-377-31074-0,4-377-31074-7)
  • 『ジハード戦士真実の顔 パキスタン発=国際テロネットワークの内側』(作品社,2008年,ISBN:978-4-86182-202-5,4-86182-202-5)
  • 『モスクワ攻防戦-20 世紀を決した史上最大の戦闘』(作品社,2010年,ISBN:978-4-86182-283-4,4-86182-283-1)

脚注[編集]

  1. ^ (日本語) 津守滋 - 公開講座JAPAN”. 公開講座JAPAN. 2014年4月2日閲覧。
  2. ^ (日本語) チェルノブイリ原子力発電所事故を体験して【津守 滋】”. OPINION 311 (2011年4月1日). 2014年4月2日閲覧。
  3. ^ (日本語) 津守滋 - 公開講座JAPAN”. 公開講座JAPAN. 2014年4月2日閲覧。

外部リンク[編集]