注射器
注射器(ちゅうしゃき、英: Syringe)は、液体や気体を注入および吸引するために用いられる器具の一つである。注射器によって生物に薬剤を注入する行為を注射と呼ぶ。
概要[編集]
注射器の多くは、注射筒(狭義にはこれをシリンジと呼ぶ)と注射針から成り、注射針があらかじめ結合された注射筒を針付き注射筒という。針刺し事故防止機構付きのものや、一時的で短時間の点滴静脈注射向けの翼状注射針、針なし注射器など、用途によって形態はさまざまである。注射針と注射筒は、さしこんで接続するものと、あらかじめ一体成型されているものとがある。
なお形状こそ似ているものの、注射器とは区別されるものもある。例えば、浣腸に用いられる器具で注射筒とほぼ同じ形状の器具は浣腸器と呼ばれ、注射器とは言わない。また、弾力性のあるゴム製の球などを用いて注入や吸引を行う器具はスポイトと呼ばれ、注射器とは区別される。
種類・用途[編集]
医療用[編集]
円筒形の筒(シリンジ)と、可動式の押子(プランジャ)を有する構造の注射筒が多く用いられる。注射筒の材質はプラスチック、ガラス、金属がある。ガラス製を除き、押子の先端部分はガスケット等で気密を保つようになっている。一般にシリコーン油が潤滑油として用いられている。
ガラス製の注射筒は用時滅菌して繰り返し使用される。目盛がはっきり見えるように押子に着色ガラスが用いられていたものがある。これに対しプラスチック製注射筒は滅菌状態で個別包装され原則的に使い捨てにされる。プラスチック製注射筒は加熱殺菌できないため、エチレンオキサイドガス滅菌や放射線(γ線)滅菌が使用される。
予防接種 などには、注射針を使わない「ハイジェッター」(圧縮空気により薬剤を注入する装置である(ジェット・インジェクター))が用いられることがある[1]。その形状から鉄砲注射(ピストル注射)と呼ばれる。日本では1970年代に小・中学校の予防接種で用いられた[2]が、神経線維の損傷が多発したことから1987年8月に厚生省の撤収勧告、1994年に廃止と使用が取りやめられた。またC形肝炎など感染症への対策が不十分との指摘もある[3]。2011年10月、FDAもインフルエンザワクチン投与に際しハイジェッター装置を使わないよう勧告している[4]。2014年5月、新たに開発された無針ジェット式注射器「Stratis」によるインフルエンザワクチン接種の報告[5]があり、有針注射器と比べてワクチン効果、副反応、有害事象に差が無いことが示された[6]。なお、2001年以降糖尿病患者向けに新たに国産の無針注射器が販売され利用されている[7]。
注射は医療従事者が行うことが基本であるが、慢性的な病気、緊急処置が想定される場合に備えた自己注射型の注射器が存在する。
- 糖尿病患者が用いるインスリンの注射器などのなかは、内容物を保持する構造を持たず、針の先端に注入する薬剤を塗布しておき、対象物に押し付けることで注射するものもある。普段は注射針が内蔵されており、ボタン操作などで注射針が射出される構造の注射器も用いられる。糖尿病患者は日常的に自己注射を繰り返し、継続的に肉体的な苦痛を余儀なくされるが、注射針の先端部を細くし針刺し時の痛みをほぼなくした注射針(ナノパス33)が日本で開発され、流通している[8]。この注射針は、2005年度のグッドデザイン賞を受賞した[9]。
- 蜂のアナフィラキシーショック症状に対処するアドレナリンの注射器エピペンは、内容物を保持する構造を持っている自己注射器である。注射筒を押し当てるとスプリングで針が使用者の体内に刺さる構造となっており、同時に薬液が注入される(詳細はエピペンの項を参照)。アメリカでは軍用として携行型のPAM(化学兵器の解毒剤として)の注射器としても用いられる。
- 軍用の救急医療キットには、一回の投与分を封入した注射針付きの注射器が採用されている。負傷者自身が使用する事を考慮し、片手で扱えるように、外筒と押子からなる形ではなく、軟質プラスティック製の薬嚢に直接注射針が取りつけられ、薬嚢を絞る事で薬剤を注入する。
注射器の先端に接続する注射針は、ステンレス(ISO9626適合品等)が一般的であるが、近年では痛みが少ないとされるプラスチック製の製品も開発されている。
現在では、医療用には、安全性確保の観点から使い捨ての注射器が多く用いられている。他方、このため大量の医療廃棄物が発生する。
使用に関して、厚生労働省から安全対策上の通知が出されることがある。例として、針基のカラーコードの統一を図るものがあり[10]、また注射筒型の医薬品注入器の使用に関するものなどがある[11]。
実験用[編集]
物理実験などで、液体や気体の注入、体積の測定、簡単な加圧などに用いられる。
有機化学では、無水実験や不活性ガス(窒素やアルゴン)条件で行う実験の際に用いることがある。その場合有機溶剤で注射器が溶けてしまわぬようガラス製になっていることが多い。
注射針[編集]
注射針は、注射器先端の筒先に取り付けて使用される。樹脂製の針基(はりもと)と針管からなり、針管先端の針先は鋭角12度、18度となっている。
注射針の規格(カラーコード)[編集]
医療用の注射針(滅菌済み注射針、末梢血管用滅菌済み留置針、気道用吸引カテーテル等)は2007年(平成19年)4月1日から、統一されたカラーコード製品へ移行した[10]。同時にカテーテルの外径に係るカラーコードの統一化もはかられた。同年10月1日以降は、統一カラーコード製品以外の色を用いた注射針等は製造販売できない[10]。
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- 注射針、輸液セット、輸血セット、採血用針、翼付針、血液透析用留置針 に適用
針外径 | 色 | |
---|---|---|
mm | G (ゲージ) | |
0.3 | yellow | |
0.33 | 29 | red |
0.36 | blue-green | |
0.4 | 27 | medium grey |
0.45 | 26 | brown |
0.5 | 25 | orange |
0.55 | 24 | medium purple |
0.6 | 23 | deep blue |
0.7 | 22 | black |
0.8 | 21 | deep green |
0.9 | 20 | yellow |
1.1 | 19 | cream |
1.2 | 18 | pink |
1.4 | 17 | red-violet |
1.6 | 16 | white |
1.8 | 15 | blue-grey |
2.1 | 14 | pale green |
2.4 | purple | |
2.7 | pale blue | |
3 | green-yellow | |
3.4 | olive brown |
歴史[編集]
1844年にアイルランドの医師Francis Ryndが中空の針を発明し、それを使って記録に残る最初の皮下注射を行った。特に神経痛を治療するための鎮静剤の投与に使用された。 1853年にチャールズ・プラバズとアレクサンダー・ウッドは皮膚を貫通するのに十分な細い針を備えた医療用皮下注射器を開発した。 1952年には、アメリカ合衆国でプラスチック製の使い捨て(ディスポーサブル)注射器が作られた。注射器の大手メーカーとしても知られるテルモは、特殊な注射針であるナノパス33の開発を行い、これの製造販売元であった。 また岡野工業はナノパス33の金型成型工程を開発したことで知られている。
脚注[編集]
- ^ 平山宗宏、『ハイジェッター』 medicina. 5巻 12号, 1968/12/10, p. 1438-1440
- ^ 集団予防接種等によるB型肝炎感染拡大の検証及び再発防止に関する研究報告書(資料編) 厚生労働省 (PDF)
- ^ 伊藤精介 (1998年12月11日). “接種 かくしてC型肝炎は日本人に蔓延した!”. 週刊ポスト(小学館). 1999年10月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年6月16日閲覧。
- ^ FDA PRODUCT SAFETY -Medical Device-
- ^ 堺春美、木村三生夫、『無痛注射法による安全なインフルエンザ予防接種法の開発』 臨床とウイルス 35(5), 461-471, 2007-12-22, NAID 10020182690
- ^ Needle-free jet injection for administration of influenza vaccine: a randomised non-inferiority trial. Lancet. 2014 May 29.
- ^ 宗宮基、金沢一平、澄川美穂ほか、『針無圧力注射器 (ShimaJET®) によりインスリン導入ができた針恐怖症の1例』 糖尿病 Vol.46 (2003) No.3 P259-262, doi:10.11213/tonyobyo1958.46.259
- ^ ナノパス33
- ^ 2005年度グッドデザイン大賞
- ^ a b c 医薬品・医療機器等安全性情報234号 厚生労働省医薬食品局(2007年3月)
- ^ 医療事故を防止するための医療用具に関する基準の制定等について(注射筒型手動式医薬品注入器基準等)独立行政法人 医薬品医療機器総合機構