波多野秀尚

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波多野 秀尚(はたの ひでひさ、生年不詳 - 天正7年6月8日1579年7月1日))は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将[1]波多野元秀の次男。名は「ひでなお」とも読み、「秀直」とも書く[1][2]

兄・秀治とともに八上城に籠城し、織田氏の家臣・明智光秀軍と戦うが1年半に及ぶ攻防の末、降伏[1]。秀治とともに安土に送られ、磔刑に処せられた[1]。辞世は「おほけなき 空の恵みも 尽きしかど いかで忘れん 仇し人をば」。

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d 谷口 2010, p. 363.
  2. ^ 谷口 (2010)は「ひでなお」の読みのみを記載。

参考文献[編集]

  • 谷口克広 『織田信長家臣人名辞典』(第2版) 吉川弘文館、2010年。ISBN 978-4-642-01457-1 

関連項目[編集]