法蔵 (唐)

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法蔵
643年 - 712年
Kōzō Daishi (Todaiji).jpg
生地 長安
宗派 華厳宗
智儼
弟子 文超慧苑
著作 『華厳経探玄記』『華厳五教章』

法蔵(ほうぞう、貞観17年12月2日644年1月17日) - 先天元年11月24日712年12月26日))は、中国の時代における華厳宗。出身は長安。俗姓は康氏。先祖は康居の人でいた。華厳宗第三祖。賢首大師香象大師などの呼び名がある[1]

智儼(ちごん)に華厳経を学び、670年勅命を受けて出家した。則天武后の庇護を受けて華厳教学を宣揚し、華厳教学の実質的な大成者となった。また、実叉難陀の華厳経80巻の訳出や義浄の訳経などに関与した。弟子には文超慧苑などがいる。

著書[編集]

  • 華厳経探玄記
  • 華厳五教章
  • 華厳経伝記

など

脚注[編集]

  1. ^ 法蔵 - ブリタニカ国際大百科事典

参考文献[編集]


師:
智儼
華厳宗 弟子:
文超慧苑