沼間

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
日本 > 神奈川県 > 逗子市 > 沼間
沼間
神武寺
神武寺
沼間の位置(神奈川県内)
沼間
沼間
沼間の位置
北緯35度17分53.16秒 東経139度36分7.92秒 / 北緯35.2981000度 東経139.6022000度 / 35.2981000; 139.6022000
日本の旗 日本
都道府県 Flag of Kanagawa Prefecture.svg 神奈川県
市町村 Flag of Zushi Kanagawa.svg 逗子市
面積
 • 合計 3.54km2
人口
(2018年(平成30年)2月1日現在)[2]
 • 合計 9,221人
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
249-0004[3]
市外局番 046 (横須賀MA)[4]
ナンバープレート 横浜

沼間(ぬまま)は、神奈川県逗子市町名。面積は3.54km2。現行行政地名は沼間一丁目から沼間六丁目。郵便番号は249-0004[3]

地理[編集]

逗子市東部に位置する。北で池子、東で横須賀市湘南鷹取船越町、南東で田浦町田浦大作町、南で桜山飛地、南西で三浦郡葉山町長柄、西で桜山と接する。

地価[編集]

住宅地の地価は、2017年平成29年)1月1日に公表された公示地価によれば、沼間2-6-7の地点で15万8000円/m2となっている[5]

歴史[編集]

沼間は正倉院に収められている調布に記された「相模国鎌倉郡沼浜郷」の中心地で地名はこの沼浜郷が元と推測される[6]。古代の逗子市は海岸線が現在の東逗子駅辺りまで入り組んでおり、沼間一帯は湿地帯であった。

かつて源義朝の別邸である沼浜亭(沼浜城)が存在したが、建仁2年(1202年)北条政子が義朝の夢告と称し解体、鎌倉の寿福寺に移築された[7]。当時義朝亡きあとの沼浜城は三浦一族の管轄下にあり、夫、頼朝の愛妾用の別宅になっていたり、源義平がここから出兵した経緯があることから三浦一族による鎌倉への軍事的な影響を退ける為に政子が画策したものとされている[8]。沼浜城の位置は現在の法勝寺がある辺りがその場所だと言われてきたが、近年,神武寺への登り口左にある地域だと考えられている。周辺には堀の内馬場橋葡萄(武道)橋矢の根橋といった武家の館由来と思わしき地名が残っている。

平安時代後期である保元年間の頃に沼浜を含めた三浦半島一帯を統治していた三浦一族山内首藤氏の庇護の元、奥州より舞草鍛冶である四郎太夫が沼間に移住、沼間藤源次を名乗った一派が刀剣を作成する鍛冶場があったとされ、三浦義明の為に咲栗(えみぐり)という刀を作っている[9]。三浦氏が北条氏に滅ぼされた後の1266年文永3年)鎌倉幕府に招聘された備前福岡一文字の刀匠、助真が藤源次の名を受け継いで沼間の地で新たに鎌倉一文字を興し、その弟子である新藤五国光も同地に居住して[10]正宗にまで連なる五箇伝の1つ相州伝の基礎を築いた。

1884年、桜山村、逗子村、山野根村、小坪村池子村、久木村および沼間村が逗子村外六ヶ村を形成。1889年、逗子村外六ヶ村が合併し三浦郡田越村が成立した。

世帯数と人口[編集]

2018年(平成30年)2月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[2]

丁目 世帯数 人口
沼間一丁目 819世帯 1,810人
沼間二丁目 1,054世帯 2,417人
沼間三丁目 972世帯 2,418人
沼間四丁目 367世帯 836人
沼間五丁目 496世帯 1,241人
沼間六丁目 208世帯 499人
3,916世帯 9,221人

小・中学校の学区[編集]

市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[11]

丁目 番地 小学校 中学校
沼間一丁目 全域 逗子市立沼間小学校 逗子市立沼間中学校
沼間二丁目 全域
沼間三丁目 全域
沼間四丁目 全域
沼間五丁目 全域
沼間六丁目 全域

交通[編集]

JR横須賀線東逗子駅

施設[編集]

公共[編集]

  • 沼間公民館
  • 逗子市商工会館

教育[編集]

神社仏閣[編集]

神武寺六地蔵

史跡[編集]

  • 沼間管ヶ谷台地遺跡
  • 神武寺城郭跡
  • 火の見下庚申塔群
  • 横須賀海軍工廠沼間地下工場

出典[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ 統計ずし(平成27年)版”. 逗子市 (2016年7月1日). 2018年2月23日閲覧。
  2. ^ a b 人口統計”. 逗子市 (2018年2月1日). 2018年2月23日閲覧。
  3. ^ a b 郵便番号”. 日本郵便. 2018年2月23日閲覧。
  4. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2018年2月23日閲覧。
  5. ^ 国土交通省地価公示・都道府県地価調査
  6. ^ 市制施行二十周年記念『改訂 逗子町誌』逗子市 昭和49年10月30日発行 91頁
  7. ^ 新編相模国風土記稿 1932, p. 228.
  8. ^ 吾妻鏡
  9. ^ 観智院銘盡・秘談抄
  10. ^ 往昔抄
  11. ^ 住所で見る(通学区域)”. 逗子市. 2018年2月23日閲覧。

参考文献[編集]