コンテンツにスキップ

沼田徳重

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
沼田 徳重
生誕 1887年(明治20年)7月17日
日本の旗 日本 茨城県
死没 (1939-08-12) 1939年8月12日(52歳没)
所属組織  大日本帝国陸軍
軍歴 1907 - 1939
最終階級 陸軍中将
テンプレートを表示

沼田 徳重(ぬまた とくしげ、1887年明治20年)7月17日 - 1939年昭和14年)8月12日)は、日本陸軍軍人。陸軍中将正四位勲一等功二級[1]茨城県那珂郡額田村(現在の那珂市)出身。

教育総監部高級課員として陸軍軍隊教育の改革を先導、特に戦闘綱要の改正編纂を行った。また、東京帝国大学配属将校を務め、軍隊教育関係の著作を発表するなど、軍隊教育の発展に努めた。

経歴

[編集]

栄典

[編集]
勲章等

主要著作

[編集]
  • 『軍隊教育要論』(昭和7年、兵書出版社)
  • 『国府台古戦史』(昭和11年、房総郷土研究会)

脚注

[編集]
  1. ^ 「第二十一回事変論功行賞 栄の七千五十八柱 故沼田中将、初の功二級」大阪朝日新聞 1940年(昭和15年)3月27日 神戸大学附属図書館新聞記事文庫
  2. ^ 『官報』第3682号「叙任及辞令」1939年4月17日。

参考文献

[編集]
  • 関真幸編著「智将沼田徳重小伝」(昭和59年、私家版)
  • 福川秀樹『日本陸軍将官辞典』芙蓉書房出版、2001年。
  • 外山操編『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』芙蓉書房出版、1981年。