河野啓三

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河野 啓三
生誕 (1971-02-04) 1971年2月4日(48歳)
出身地 日本の旗 日本東京都
ジャンル フュージョン
職業 ミュージシャン
作曲家
担当楽器 キーボード
活動期間 2000年 -
共同作業者 T-SQUARE

河野 啓三(かわの けいぞう、1971年2月4日[1] - )は、日本フュージョンミュージシャンで、フュージョンバンド・T-SQUAREのキーボーディストである。

人物[編集]

  • 東京都出身。6歳の頃からエレクトーンの演奏を始める[1]東京都立北園高等学校在学中から兄の影響でピアノ及びシンセサイザーの演奏を始め、岩崎大輔及び稲田保雄に師事する[1]
  • 北園高校卒業後プロのミュージシャンとしての活動を開始。音楽ジャンルを問わず多数の歌手やアーティストのサポート・ミュージシャンを務める[1]
  • 光田健一のサポートで知り合ったベーシストでTHE SQUARE(現:T-SQUARE)の元メンバーであった、田中豊雪の紹介により[1]2000年秋よりサポートメンバーとしてT-SQUAREに参加(このころスクェアはバンド形態を解消していた)[1]。以降、T-SQUAREが2003年にデビュー25周年を記念して、『TRUTH』発表時のメンバー(安藤まさひろ伊東たけし須藤満則竹裕之和泉宏隆)が期間限定で再結成し「THE SQUARE」となったときもサポートメンバーとして、カシオペアとのライブなどにも帯同した。
  • キーボーディストとしてだけではなく、作曲編曲コンピュータープログラミングなどでも活動し[1]2004年末に、ドラマーの坂東慧と共に正式メンバーとしてT-SQUAREに加入して、現在に至っている[1]
  • T-SQUAREでの活動と並行して、さまざまなセッション活動も展開している[1]。また、リーダーライブも行っている。
  • 2005年より、安達久美・則竹裕之により結成されたクラブパンゲア(現・安達久美クラブパンゲア)に参加。
  • 2011年には初のソロアルバム『DREAMS』をリリースした。
  • ギタリストの吉井俊倫とアコースティック・デュオ「よかろ〜ず」を結成、定期的にライブを行っている。
  • 2019年2月6日、脳出血のため緊急入院[2]。治療に専念するため、休養に入る[2]
  • 2019年8月27日、T-SQUARE公式サイトを通じて、同年8月23日に半年余りに及ぶ入院生活を経て退院したことを報告した(河野のTwitterは8月28日に半年ぶりに更新された)。発症した病状と経過についても言及しており、
    • 入院時には脳の右被殻に中程度の出血が認められたが、手術は行わずに治療を行った。現在、血腫はない。
    • 左半身の麻痺、軽度の高次脳機能障害が後遺症として残った。
    • 今後、通院治療へ移行しリハビリを継続していくが、以前と同様にピアノを弾くことは難しいであろう。

など、記されている。しかしながら、音楽への情熱は消えるものではなく「現状の左手機能回復段階においても、表現者、クリエイター、としての道が断たれる事に直結するわけではない」「自分に出来る事、自分の道を見つけ進んで行きたい」と自身を奮い立たせている。また、 T-SQUARE の次作アルバムへ向けての新曲制作やライブにも何らかの形で参加したい意向を綴っている[3]

ディスコグラフィー[編集]

  1. DREAMS(2011年11月23日、ヴィレッジレコーズ)

脚注・出典[編集]

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  1. ^ a b c d e f g h i 河野啓三公式プロフィール - T-SQUARE公式サイト内のページ
  2. ^ a b “T-SQUAREの河野啓三が脳出血で緊急入院 命に別条なしも当面休養”. デイリースポーツ online (株式会社デイリースポーツ). (2019年2月9日). https://www.daily.co.jp/gossip/2019/02/09/0012052707.shtml 2019年2月9日閲覧。 
  3. ^ 【河野啓三より近況報告がございます】”. T-SQUARE official site (2019年8月27日). 2019年8月30日閲覧。

外部リンク[編集]