河目悌二

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河目 悌二(かわめ ていじ、1889年8月6日 - 1958年4月23日)は、大正昭和期の日本画家愛知県碧海郡刈谷町(現在の刈谷市)出身。

愛知県立第二中学校(現在の愛知県立岡崎高等学校)を卒業後、上京し東京美術学校(現在の東京藝術大学)に入学し黒田清輝藤島武二らの師事を仰ぐ。1913年に同校を卒業し、幼年雑誌『トモダチ』の挿絵を描く仕事を始めた[1]1920年、小林商店(現在のライオン)に入社し1937年の退社まで広告画を手掛ける[1]太平洋戦争中も児童誌の挿絵画家として積極的に活動し、講談社少年倶楽部』やフレーベル館キンダーブック』、東京社コドモノクニ』で数多くのイラストを発表した。

1958年死去。享年70(満68歳没)。

参考文献、脚注[編集]

  • 『日本人名大辞典』(講談社、2001年)

注釈[編集]

  1. ^ a b 生誕120年記念 河目悌二展(刈谷市)